第10話
杉谷さんが席を外して、私と昴さんは食事を済ませると電車に乗って出掛けた。
「上海やメルボルン、そしてニューヨークと2年単位で海外支社ばかりを転勤してたんです。ホントならドライブに誘いたいところなんだけど、また日本を離れる予定だから車は買わないんです」
正直、いきなりドライブはハードルが高過ぎると思っていたから、彼が車持ちでないことにほっとしたのも事実。
さほど遠くもない駅で下車して訪れたのは、美術館だった。
「一流の物を鑑賞したり触れてみることが好きなんです。海外では教養として芸術に詳しい人も多いから、勉強も兼ねて僕もあちこち行くんです」
学生時代に美術の教科書で観たような絵はなかったけれど、なんとなく聞いたことがあるような画家の作品の前に立つと、少しテンションが上がった。
「落書きみたいだけど、色は綺麗だ」
昴さんはうんちくを述べることもなく、主観的な意見だけをさらりと言葉少なに告げる。
「こっちは暗い絵ですね」
「悲しいことがあったのかも」
こちらが緊張しないように、少し距離を置いて並んでくれる。
視線は絵画を追っているから、相手の眼を見なくても会話ができて自ずとリラックスできる。
きっと、大人な昴さんなりの私への配慮なんだろうと感じた。
一枚一枚じっくりと時間を楽しむように広い館内を巡る。
意外にも、一緒にいるのは不快じゃなかった。
むしろ、楽だった。
近くのカフェで軽い食事をして、その日は私の最寄り駅まで送って貰って別れた。
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