怒りの雪乃①

保健室へ向かう途中、まだお昼休みのため、他の生徒たちとすれ違いました。

皆さん、私たちに声をかけたそうな様子でしたが、憔悴した理子ちゃん、そして哀しみ、怒りなどの心の内が顔に出ているであろう私に声をかける人はいませんでした。

 

理子ちゃんの付き添いで保健室に入った時のことです。

保健の先生に事情を説明して理子ちゃんは保健室で休むことになり、私は空き教室に置いたままになっている自分たちの荷物を取りに戻ろうとしたところで、先生に呼び止められました。

「あなたたち、見たところ痩せすぎじゃないかしら?食事はきちんととっているの?過度なダイエットは危険だからダメよ」

なぜか注意されてしまいました。

理子ちゃんは食が細いと聞いていますが、私はきちんと食べていますし、ダイエットなどしておらず、単に太りにくい体質のようなのですが……。

先生には適当にそれらしい返事をして保健室を退出すると、教室へ向かいました。


友達の苦しみに加えて先生からは思いがけない注意を受けて、胸にモヤモヤしたものを感じながら教室へ戻ると、 

「あ、戻ってきた」

そんな声が聞こえました。見ると先ほどの女子生徒のうちひとりの方がいました。

セミロングの髪を金色に染めて化粧をした、少し派手な感じの方です。このような方と面と向かって対するのは初めてのことで、緊張します。

「あなたは……」

「あー、まだ自己紹介してなかったわね。私、二年の角隈美宗(つのくまみひろ)というの」

上級生でしたか。私も自己紹介をします。

「私はこの春に入学しました、立花雪乃といいます。よろしくお願いします」

「うん。よろしくね。私、オリエンテーションと入学式の手伝いしてたから、あなたのことは知ってたの」

「そうでしたか……」

学校行事の手伝いをされたというと、見た目によらず真面目な方なのでしょうか。

「あなたたちの荷物がまだあるから、私が残って見てたわ」

「それは……ありがとうございます」

誰のせいで、と思わなくもありませんが、お世話になったのは事実なので私はお礼を述べました。

「あと、あなたたちに謝りたくてね。あなたと、もうひとりのあの子くらいに可愛い子がこの学校に入学したのが珍しくて、ついみんなに話しちゃって……」

「それで、先ほど皆さんで来られたのですね」

なるほど。事情はわかりました。確かに私も理子ちゃんも周囲の目をひく容姿であることは承知しています。今日も朝から電車の中や学校に着いてからも皆さんの注目を集めていることはわかっています。でも、私たちに対する先輩方の不躾な振る舞いは不快でしかありませんでした。

「全部私の責任。ごめんなさい。特に、もうひとりの子には辛い思いをさせてしまったみたい」

角隈先輩は頭を下げて謝罪されました。

本当なら理子ちゃんもいないと謝罪を受ける意味はありませんが、本人がいないのでひとまず私が受けることにします。

「わかりました。高橋さんにもお伝えします」

「ありがとう。それで、あの子は今は……?」

「保健室で休まれています。高橋さんはもともと人と接するのが苦手な方で、過度の緊張をされてしまったそうです」

保健室へ付き添った際に、先生から伺った話を伝えると、先輩は気まずそうな表情を浮かべました。

「そっか……。この学校、そういう人は珍しくないのに、はしゃぎすぎて配慮を忘れてた。本当にごめんなさい」

「わかりました。とにかく、私たちがお昼休みを静かに過ごしたいということを覚えていただければ嬉しいです」

先輩に対する怒りを感じながらも、何度も頭を下げて謝罪する先輩の姿には誠意を感じるので、もう終わりにしたいと思います。

「高橋さんの荷物を届けないといけないので、そろそろ行こうと思います」

「両手に荷物を持つの、大変でしょ?高橋さんのカバンは私が持つから一緒に行こう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

教室を出た私と先輩は、保健室へ向かいました。


保健室へ向かう途中、私と先輩の間に会話はありませんでした。

理子ちゃんのことを思うとお喋りを楽しむような余裕はなく、謝罪を受けたとはいえ先輩に対する不快感は拭えません。

先輩も私に気を遣ってか話しかけることはなく、終始気まずそうにされていました。


「それじゃね。あと、迷惑をかけた代わりという訳じゃないけれど、これから学校に来て困ることがあればいつでも相談して。これでも先輩だからね」

保健室の前で別れ際に先輩はそう仰られました。やっぱり悪い人ではないようです。出会い方は決して良くありませんでしたが、上級生との関わりが出来たことは喜ぶべきでしょうか。

「ありがとうございます。それでは」

こうして私は先輩と別れました。


保健室に入ると理子ちゃんは今ベッドで寝ているそうで、私は彼女のカバンを届けるとすぐに退出しました。

この後、理子ちゃんは目が覚めてからスクールカウンセラーの先生と面談をすることになったそうです。

先輩も本当は理子ちゃんに直接謝罪をしたかったようですが、事情を聞いた保健の先生から今日はやめたほうがいいと言われて、後日改めてという話になりました。


時計を見たら、お昼休みの時間は終わっていました。しかし、毎日登校する普通の学校の時間割と違って、この学校の時間割は選択式のため今日の五時間目の授業はありません。六時間目までの空き時間の間にお弁当をいただくことにしました。



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