登校日

雪乃ちゃんの将来の話を聞いてからというもの、私は時間があると自分の将来について考えていた。

でも、どうにも自分の将来像をイメージできなくて、焦っても仕方ないと思うことにした。

学校でキャリアガイダンスや職業体験のような行事もあるのでじっくり考えよう。


そんな少しブルーな気持ちで迎えた週末。

土曜日の今日は、入学式後初めての登校日。

年度最初の面接指導の日だ。

そして、この一週間ずっと楽しみにしていたことがある。

 

仲井戸駅から各駅停車に乗った私は、電車に揺られていた。

土曜日、そして通勤通学で混雑する方向とは反対方面のため電車は空いている。沿線にあるいくつかの学校に通う中高生が乗っている程度。

他校の男子生徒たちが私のことをチラチラと見ているけど、当然無視する。

電車通学をしていた中学時代もこうやって他校の男子生徒や、もっと年上の学生、サラリーマンにチラ見やガン見されることがよくあった。

あの時はさすがに有名校の校章入り制服を着た私に声がけや痴漢をするような不届き者はいなかったけど、今は違う。油断していたら何をされるかわからない。

幸い今いるのは電車の最後尾。窓を隔てた向こうには車掌さんがいるから、男子たちも迂闊なことはできないだろう。

 

電車に乗って二駅目、西沢駅に到着した。

ドアが開くと、私と同じ服装をした雪乃ちゃんが乗ってきた。

「おはようございます」

「おはよう」

私たちは朝の挨拶を交わす。

これが今日楽しみにしていたこと。

知り合った初日にしていた、登校日には一緒に登校しようという約束だ。

「今日は楽しみだったの」

私が今の気持ちを正直に言うと、雪乃ちゃんは笑顔を浮かべた。

近くにいる他校の男子生徒や女子生徒までもがこちらをチラ見しているのが見えた。超美少女の笑顔が気になる気持ちはわかるよ。でも……

「私も嬉しいです。今日は特別な思い出になりますね」

「うん」

そう。世の中では友達と一緒に登校するなんて珍しいことじゃないだろう。でも中学時代に一緒に登下校する相手のいなかった私たちには特別な出来事。

そんな特別な日に、あまり無粋な目は向けてほしくない。


電車を降り、駅を出て、学校へ向かう通学路を、私たちは他愛のない話をしながら歩いた。

たったこれだけ。

端から見ればなんでもない登校風景であっても私には特別であり、それをただひとりの友達と共有出来たことがとても嬉しかった。


お昼休み。

私たちは、利用者の多い生徒ホールを避けるように、ひと気の少ない校舎四階の通常教室でお昼休みを過ごすことにした。

私が他の生徒と関わりたくないからだ。それは入学前からの私の望みでもあった。

「ごめんね。私に付き合わせちゃって……」

「気にしなくていいですよ。私も大勢の方と和気藹々と過ごすよりも、気心の知れた方とゆっくり過ごすほうが好きですから」

私の謝罪に対して、雪乃ちゃんはそう言ってくれた。

その言葉は本当に有り難い。

私と違い、彼女は同級生や上級生との関わりは忌避していないと思う。むしろ私以外の人たちとも交流したいかもしれない。学校に着いてから他の同級生にお昼を一緒にどうか誘われたらしい。

でも、彼女は学校でも私と一緒にいることを選んでくれた。

 

教室には私たち二人以外に誰もいない。

お昼休みは自販機のある生徒ホール以外に、校舎内の通常教室全部が開放されて自由に使えることになっている。当日登校している生徒の数よりも席の数が多いのは、私のようなメンタルに問題のあるコミュ障ぼっちの生徒への配慮らしい。

クラスも決まった教室もない通信制課程ならではだろう。

雪乃ちゃんがいなければ、きっと私は校舎の端の教室の端の席にひとり座ってひっそりとお弁当を食べていたと思う。

「さあ、食べようか」

「はい」

机をくっつけて向かい合わせに座って、持参したお弁当を食べようとしたところで、廊下から女の子たちの賑やかな声が聞こえてきた。

この教室に来たらやだなぁ。他の人たちが生徒ホールや下の階の教室にいるから、この教室を選んだのに……。

でも、女の子たちの声は次第に大きくなり、明らかにこの教室のほうへ向かっていた。

「他の方たちが来られるのでしょうか……?」

雪乃ちゃんも気になるのか、心配そうに私を見た。

「かもしれないね。でも、仕方ないよ……」

お昼休みは誰でも空き教室を自由に使えるから、それを拒むことは出来ない。嫌なら私が他へ行くしかないけれど、雪乃ちゃんが一緒だからそれも出来ない。

諦めるしかない。話しかけられなければそれでいい。

でも、私の思いは呆気なく破られた。

「いたいた!本当にいたでしょ、美少女新入生二人組!」

「うわ、二人ともマジに顔小さい。ヤバすぎる!」

「服もお揃いなんだ。可愛い!」

「二人揃って顔小さい、可愛い、細いってミラクルすぎるでしょ!」

教室に入ってきた四人の女の子たちが、いきなり興奮気味にまくしたてながら、私と雪乃ちゃんの前に立った。

みんな明るい髪色に化粧をして、着崩した制服コーデの、いかにもギャルっぽい人たちだ。

正直、苦手なタイプの子たちであまり関わりたくない。

………………

見れば、雪乃ちゃんも困惑した表情を浮かべていた。

でも、私はすぐに彼女のことを気にする余裕がなくなった。

私たちを囲んではしゃぐ女の子たちの姿と、中学の時の同級生の姿が甦って重なる。

あの時もこうやってみんなで……。

息が苦しくなってきた。目の前が暗くなっていくように感じられる。

ダメ……

「ごめん……なさい……」

たまらず立ち上がると、机の上のお弁当もそのままにして教室を飛び出した。

「理子ちゃんっ!?」

後ろから雪乃ちゃんの声が聞こえたけど、私は振り向かなかった。

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