新入生代表の挨拶

司会の教頭先生の進行で、入学式は進んでいく。

開式の言葉、入学許可宣言、学校長式辞。

お約束のように長い校長先生のお話の最中、私は隣に座る雪乃ちゃんをそっと見た。

やっぱりというか、この後に続く新入生代表挨拶を控えて緊張した表情をしている。

大丈夫、上手く出来るよ。

私は心の中で応援してあげることしか出来ない。

彼女は家で練習をしていると言っていた。

私はその努力がどれほどのものかは見ていないからわからない。それでも、その努力が報われることを信じる。


そして校長先生の式辞が終わり………

「新入生、誓いの言葉」

教頭先生の声が響き渡る。

「新入生代表、立花雪乃」

「はい!」

雪乃ちゃんは元気よく返事をして立ち上がった。

挨拶の原稿を右手に持って、姿勢良く舞台へ向かう。本当にランウェイを歩くモデルのよう。

壇上に立った雪乃ちゃんは、校長先生と向かい合う形になって、挨拶を広げて両手に持つ。

うん、今のところ、緊張でキョドった様子は見えない。

「誓いの言葉。柔らかな春の日差しに包まれ、草木が芽吹く季節となりました。本日は、私たち新入生のために心こもった入学式を挙行していただき、御礼申し上げます……」

まさに透き通るような声で紡がれる誓いの言葉。

実際のところ、やっぱり緊張しているからか言葉に詰まったり、字を読み間違えたりと細かなミスがあってパーフェクトとはいかなかった。

でも、誰もが雪乃ちゃんの声に聞き惚れて、そんな些細なミスは気にならなかったようだ。

挨拶を終えて校長先生に一礼するその所作の美しさもミスを有耶無耶にしてしまった。


雪乃ちゃんが自分の席に戻ってきたタイミングで、

「お疲れ様でした」

私は彼女にだけ聞こえるように声をかけた。

雪乃ちゃんはホッとしたような笑顔を浮かべて応えた。

「ありがとうございます」

本当はハイタッチでもしたいけど、まだ式の途中なので我慢する。

雪乃ちゃんは大役を終えて安心したようで、胸に手を当てて一息ついていた。


その後も入学式は滞りなく進行して無事に終了した。

引き続いて新入生が集合しての記念写真撮影、教職員紹介、今後の予定の連絡などが行われてこの日はすべて終わった。

解散となり、お父さんお母さんと合流しようとしたところで、雪乃ちゃんに声をかけられた。

「紹子さん、今日は本当にありがとうございました。折り鶴のおかげで代表の役目を果たせました」

そう言って両手で私の右手を握ってくる雪乃ちゃん。その手が少し湿って熱を帯びているのを感じて、よほど緊張していたことが察せられる。

「どういたしまして。でも、雪乃ちゃんが頑張ったからだよ。本当にお疲れ様。そうだ、ハイタッチしよ」

「ハイタッチ……?」

はて、というように小首を傾げる雪乃ちゃん。

その仕草は可愛いけれど、ハイタッチを知らないみたいって、どれだけ世間知らずなのよ?

「ハイタッチって、手をあげて軽くタッチして喜び合うやつ」

まさかハイタッチとは何かを説明することになるとは思わなかった。

「こうですか……?」

「うん……じゃあ、今日はお疲れ様でした!」

雪乃ちゃんが遠慮がちにあげた手を、私はタッチした。


その後、それぞれの両親と合流。お互いの両親を交えて改めて挨拶をして、入学早々に友達が出来たことを喜んだ。特にうちの両親は私に初めて友達と呼べる相手が出来て嬉しそうだった。

最後に雪乃ちゃんと入学式の看板前でツーショットの記念写真を撮ってから、この日はお別れした。

こうして高校の入学式の一日が終わり、帰宅してからスマホで撮った雪乃ちゃんとの記念写真を見返して、高校生活が思ってもいなかったステキな始まりになったことを実感した。

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