雪乃の悩み
雪乃ちゃんのご家族が迎えに来るまでまだ少し時間があるので、私たちはそれまでの間お喋りを続けていた。
「いよいよ明後日は高校の入学式だね。今日も登校日だったけど、入学式を迎えてからのほうが高校生になったと実感ができそう」
「確かに今日は高校生になったという気がしませんでしたね。入試前に参加した学校説明会のようでした」
「本当に。あの時も視聴覚教室だったからね」
早いもので通信制高校へ進学しようと決めた説明会に参加してからもう五ヶ月になる。その間、中学には通っていなかったけど、ここまであっという間だった。
「入学式といえば、私、新入生代表として挨拶をするんです」
雪乃ちゃんが思い出したように言った。
「そうなんだ、すごいね!おめでとう」
私は素直に称えた。
入学式で新入生代表を務める生徒は、普通、入試の成績優秀者だと聞く。中学の入学式でも、新入生代表を務めたのは入試の成績がトップという噂のあった人だった。
高校の入試は出願書類の選考と面接だけで学力の筆記テストはなかったけど、その中で雪乃ちゃんが新入生代表に選ばれたのは何か光るものがあったからなのだろう。
ところが、雪乃ちゃんは浮かない顔をしていた。
「ありがとうございます。代表に選ばれたのはとても光栄ですが、実は私、あがり症で大勢の人の前で話すのが苦手なんです……」
「そうなの!?」
意外だった。これだけ目立つ容姿をしているから、注目を集めることには馴れていそうなのに。
「はい。本当は断ろうとも思いましたが、せっかくの大役なので引き受けました。でも、やっぱり不安です……」
「そうかぁ。大変だね……」
私はぼっち気質とはいえ雑談が苦手なだけで、大勢の前でのスピーチは苦にしない。だから、雪乃ちゃんに同情はしても共感はし辛い。彼女に何もしてあげられそうにないのがもどかしい。
「家で挨拶を読む練習はしていますから、明後日は上手くできるように自信を持って頑張りたいです」
自信なさげな雪乃ちゃんは、自分に言い聞かせるようだった。
「努力は報われるよ。応援しているからね」
「はい。ありがとうございます」
とは言え、言葉だけでなく、雪乃ちゃんのあがり症克服のため具体的にしてあげられることはないか。私も諦めずに調べてみようと思った。
そこで何か着信音のようなメロディが流れた。私のではないから雪乃ちゃんのだ。彼女はカバンからスマホを取り出して確認した。
「間もなく迎えが到着するようです」
「そうなんだ。じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい」
私たちは生徒ホールをあとにして、昇降口へ向かった。歩きながら聞こうと思っていたことを思い出した。
「そうだ。雪乃ちゃんはどこから通っているの?」
「私は電車だと西沢駅からです」
「え、そうなの!?私は仲井戸駅からなの」
「わあ、近いですね!同じ方向の同級生がいて嬉しいです」
雪乃ちゃんは本当に嬉しそうに言った。私も同じ気持ちだ。中学の時は一緒に登下校するような友達がいなかったから、本当に嬉しい。
ちなみに雪乃ちゃんの利用する西沢駅は、学校の最寄り駅から三つ目にある。私の利用する仲井戸駅は西沢からさらに二つ目の駅だ。西沢と仲井戸は各駅停車でも五分程度の至近にある。
「良かったら今度の登校日は一緒に学校へ行かない?」
「いいですね。私、中学の時は一緒に登下校する人がいなかったから楽しみです」
私の誘いに雪乃ちゃんは笑顔で応じてくれた。ただ、さらっと気になることを言ったけど、その理由を聞くにはもう時間がなかった。
昇降口についた私たちは、最後にスマホのメッセージアプリで連絡先を交換した。私にとって家族以外に初めての登録者だ。
「それでは今日はこのへんで。明後日またお会いしましょう。ごきげんよう」
「うん。またね。さようなら」
私たちは別れの挨拶を交わした。
そして雪乃ちゃんは校門の外に止まっている自動車に乗って去っていった。
ごきげんようってリアルで言う人、初めて会ったな。
言動といい、迎えにきた車も高級そうだったし、雪乃ちゃんはいいとこのお嬢様なのかな。
そんな子が通信制高校に入学した理由も少し気になる。そうしたプライベートな部分もいつか話してもらえる時がくればいいな。その時は私のことも話して知ってもらおう。
ともかく、高校に入った初日から仲良くなれそうな同級生と出会えたのが嬉しくて、私の心は弾んでいた。
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