謝罪と和解
今日はオリエンテーションが終わるとそのまま自由解散になるが、私は帰り支度をするよりも前に、あの女の子に声をかけた。
「あの……いいですか?」
「はい?」
帰り支度をしていた彼女は顔をあげた。
「先ほどは、きつい言い方をしてごめんなさい」
私は頭を下げる。
「あ……いえ、私もいきなり声をかけて、申し訳ありませんでした」
女の子も慌てたように言いながら、頭を下げてくる。
二人して頭を下げ合うような格好になり、私は思わず吹き出してしまう。つられて彼女も笑った。
とりあえずまだ名前も名乗っていないので、私は自分の名前を教えることにした。
「私は高橋紹子です。よろしくお願いします」
「私は立花雪乃と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
雪乃さんか。いかにもお嬢様っぽい彼女にぴったりな名前だと思う。
私は立花さんともっと話をしてみたいと思った。彼女がなぜ私の隣に座ろうとしたのかも気になった。
「えーと、立花さんは、この後って時間ありますか?」
「この後ですか?実は家族が車で迎えに来るのですがまだ一時間ほどかかるので、それまででしたら大丈夫です」
「良かった。それまででいいので、少しお話ししませんか?」
「はい。ぜひ!」
私の誘いに立花さんはにっこりと笑って応じてくれた。
やってきたのは校内にある生徒ホール。
生徒たちが休憩などで自由に使える場所だそう。
パック飲料の自販機と、今日は稼働していないがパンの自販機が置かれている。
飲み物の自販機は稼働していた。
「今日のお詫びに飲み物でも。なに飲みますか?」
「そんな。私こそ高橋さんに不快な思いをさせたお詫びをしないと」
私が聞くと、立花さんが慌てて答えた。
それなら、こういう時はお互いに相手の飲み物を買うのが一番。私はカフェオレ、立花さんはミルクティー。お金を出し合って買った後、適当な席に座った。
今日は登校しているのが新入生だけなせいか、今ホールにいるのは私たち二人だけ。
「さっきは本当にごめんなさい。実は私、人と接するのが苦手なんです。それでみんなと離れた席に座ってました……」
改めて謝るとともに、私は正直に打ち明けた。
「そうでしたか……。こちらこそ知らなかったとはいえ、不躾なお願いをしてすみませんでした」
結局、またお互いに頭を下げあってしまう。
もう十分に謝ったと思うのでそろそろ終わりにしよう。それに同じ年頃の子に敬語で話すのも疲れてきた。
「じゃあ、この話はここで手打ちということで。それより、立花さんは今年中学を卒業されたの?」
「はい。高橋さんもですか?」
「ええ。年上だったらどうしようかと思っていたけど、同い年で安心しました」
通信制の高校で学ぶ生徒の年齢は幅広い。私たちのように中学を卒業してすぐ入学した学年年齢の生徒もいれば、二十代、三十代の大人の生徒が普通にいる。実際、今日のオリエンテーションにも明らかに私より年上の人たちがいた。同級生とはいえ同い年と年上では接し方を考えないといけない。
「私も同じことを考えていました。やっぱり大人の方々と話すのは気を使います」
立花さんも同意するように頷く。
「じゃあ、ここからは敬語ではなく、タメ口で話そう。名前も下の名前で呼んでくれていいよ」
「わかりました。私のことも下の名前で呼んでいただいて結構ですよ。でも実は私、誰とでも敬語で話すのが習慣になってしまっていて、タメ口でお話出来るよう努力はしてみます」
立花さん改め、雪乃ちゃんは申し訳なさそうに言う。敬語が習慣って、この子は本物のお嬢様なのかしら?ともかく習慣を変えさせるような無理強いは出来ないな。
「ああ、それならば無理しなくてもいいよ。とにかく楽に話してくれていいからね」
「ありがとうございます」
それから、私は気になっていたことを聞いてみた。
「さっきはどうして私の隣に座ろうとしたの?席はたくさん空いていたのに」
「それは……一番前に一人だけで座っていて、とても真面目でやる気のある人なのかなと思って、興味がわいたからです」
雪乃ちゃんは少し恥ずかしそうに、私の問いに答えてくれた。
「そっかぁ。まあ、実際はさっきも言ったとおり、他の人たちから距離を置きたかったからなんだけどね。後は先生にやる気アピールをするためかな。自分が真面目がどうかの自信はないけど、やる気があるのは確かだよ」
「そうでしたか。でも、私はこの学校で友達になるならやる気のある人がいいので、自分の目に間違いはありませんでした」
なぜか誇らしげな雪乃ちゃん。そのドヤ顔がちょっと面白い。
今まで知り合った人たちはほとんどが私の顔だけしか見ていなかったので、外見に関係なくそういう評価をしてもらえるのは嬉しい。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
私は心からのお礼を言った。
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