神様も配信する時代、拝神者として活動してたら神様からスカウト&ストーキングされる主人公、現代ファンタジー

三流木青二斎無一門

第1話



友人の言葉に反応する。


「え?最近気になってるハイシンシャの話?」


灰の色をした髪。

足首まで伸びている長髪は毛の末端まで手入れが施され、艶がある。


マグカップを片手に、湯気が出る程に温めたコーヒーを飲む。

ミルク多め、砂糖を多めに入れたコーヒーはブラウンの色合いをしていた。

薄桜色の唇をマグカップの縁に付けて、ちびちびとコーヒーを飲む。


無音なのは考え事をしている為だろう。

一服した所で、彼女はポケットから携帯端末を取り出す。

片手で操作出来る携帯端末を操作して、自身が運営するチャンネルを開いた。

チャンネルを開くと、347万の登録者の数字が出る。

更に、メニュー欄の『登録者』の下には『神主契約』及び『奉納額』の二つの欄があった。


「契約?誰か解雇でもしようとしてるの?由良ゆうら


一人の女性が彼女の名前を告げる。

由良と呼ばれた彼女は首を左右に振って違うと言う。

彼女は『奉納額』の画面に指を触れると、其処には『誰』が彼女に『金銭』を捧げたかが記載されている。


「前に動画で上がってた人が居てさぁ、巨大な『凶ツ神』討伐の動画配信、其処で私の権能を使ってた人が居るの」


顔を赤くして、高揚している由良は、奉納をした人間の個人チャンネルを開いた。


「この神守クロウって人、近い内に神主契約を結んでもらおうかなって」


由良は画面に映る男の顔を見た。

嬉しそうに、ニマニマとしながら、そのチャンネルを見続けていた。




凶ツ神まがつかみとは、この世界に存在する知性なき神の事である。

元々は天上と呼ばれる神が住まう世界で言う害獣であり、処分の一環として天上から凶ツ神が追放されて人間が住む地上へと落とされるのだ。

地上へと落ちる際は黒と青の光を纏う流星となり地上へ落下、その落下地点から凶ツ神が出現する。

凶ツ神は獣であり、周囲に災いを引き起こす災害でもある、被害を起こし、人々の苦しみや憎しみ、恐怖を自らの信仰であると認識して強大化していくのが特徴だ。

人間が作り上げた武装では太刀打ちは不可能、如何に害獣と言えども神格。

神と人の間には絶対に覆す事の出来ない法則が広がっている。

だから、人間は凶ツ神に恐怖をする他無いのだが。


「えー…13時33分、ハイシンシャ・神守かみもりクロウ、凶ツ神の討伐を始めます」


携帯端末を配信状態にする。

すると、携帯端末が鳥の様に変形し、空を羽搏き男の後ろに就く。

鳥の出現に応じて、彼の目の前には半透明のウィンドウが出現する。

接続画面であり、携帯端末の情報がウィンドウから確認が可能。

指を動かして、男は別の配信チャンネルに接続。

【『韴の神』ユウラチャンネル】と書かれた画面を表示すると共に男はチャンネル欄にある『奉納』の箇所に数字を記入。

奉納額を1万円入力すると共に『奉納致します』と言う固定文を打ち込む。


「奉納」


その言葉を発すると共に男は手を叩く。

三回叩くと、奉納額1万円が三回、送信される。


「これで良し」


この世界には神が存在する。

かなり現代に被れた神たちは、神と言う存在の信仰を電子間によって済ます事にした。

現代で行われる動画配信、自らの配信を行う事で信仰者と言う登録者を増やす方法である。

信仰者は、如何に神と言う存在に自らの身を捧げる事が出来るか、身削ぎの儀を奉納と言う方法で禊を行う。

そして、その禊に対して神は恩寵を言うカタチで信仰者に自らの権能を与える。

『韴の神』に奉納をした男は、その額に応じて『韴の神』の恩恵を得る。

韴の神とは刀剣類の神ともされ、その神の恩恵を一万円分、男は得る。


手を振る。

その行動に応じて、男の手からは刃物が出現した。

鉈と同じ大きさのナイフが出現する、それが奉納による恩恵である。

ナイフを出す恩恵を三回分所持している男は、ゆっくりと歩きながら相手を見据える。

目の前には、赤と黒の触手を生やす四本足歩行の、車程の大きさをした獣が蠢いている。


「それでは」


再度、男は言った。

彼の周囲を飛ぶ鳥が彼の意思に応じて獣を映し出す。

表示画面にはコメント欄と視聴者数が見える。

だが、彼の配信は一桁程であり、コメントも殆どされていない。


「…拝神者ハイシンシャ、神守クロウ。討伐を始めます」


再度、神守クロウは言った。

彼は拝神者、神に奉納し神の力を得る事で、凶ツ神を狩る者であった。


拝神者はいしんしゃ

神に奉納を行い、その恩恵を得た者を指す。

基本的に神の権能を得た者全般を指す言葉ではあるが、配信をする人間、配信者と混合され、凶ツ神討伐をする者は拝神者と呼ばれる事もある。

彼ら拝神者が動画配信をした状態で凶ツ神の討伐を行うのは、行政組織・神代庁によって定められた事であり、専用動画投稿サイト〈Yaoyorozuヤオヨロズ〉が義務化されていた。


普通の人間が神の力を行使する場合は武器を所持する事と同じであり、公共の場で行使した場合は不正使用及び凶器所持として警察から身柄を押さえられる。

動画配信を通じる事で神代庁から許可が下りた状態となり、動画配信している間のみ神の権能を使用しても許されている。

拝神者となるには、基本的には神代庁から行われる年二回の試験に合格する事で免許及び動画配信用の携帯端末が送られる。


「討伐完了、ありがとうございました」


神守クロウは挨拶をすると共に配信を終える。

凶ツ神は討伐を行われた際、その肉体は鳥が処分する。

神の力を得ている鳥は、神の力が残る凶ツ神を吸収し、その分のエネルギーを神力管理局へ転送。

そしてその凶ツ神の神力の分が電子マネーとしてデータバンクに加算される。


表示画面を確認して振り込まれた金額を確認する。

凶ツ神一体の討伐で約10万円程の金が入って来るので、中身を確認した末に神守クロウは鳥を手に乗せる。

鳥は携帯端末へと戻った所で、ジャンパーのポケットにしまい込んでその場を後にしようとした。


人通りが多い場所であった為に、凶ツ神の出現には二択の人間が生まれる。

一つは凶ツ神から逃れようとする人間、もう一つは凶ツ神及び、拝神者との戦いを撮ろうとする人間の二つ。

既に討伐が終わった所で、拝神者の撮影を終えた人間たちは話題のタネを以てその場を去っていた。

恐らくはその話題を使い、SNSで発信したり、凶ツ神に対する意見、拝神者と言う存在に対しての好奇心や不満をSNSで流しているのだろう。


既に、神守クロウは顔バレをしている拝神者だ。

時に、ファンと言う輩もやって来る事もあるが、今日は別段そういうのも無い。

凶ツ神を討伐した事で金を手にした神守クロウは、その場から離れようとした。


先程まで凶ツ神と拝神者の周囲は誰も居なかったが、脅威が去った事で人は何時も通り歩き出している。

神守クロウも、その通行人に紛れる様に歩き出した。


(うーん…奇怪な眼で見られるなぁ)


歩いている途中、通行人に視線を向けられる。

神守クロウの頬は裂けていて、それを縫う様に糸で結ばれていた。

凶ツ神との戦いで、頬が裂かれてしまい、回復する事が出来ず、結果、頬を縫った状態と言う奇怪な姿になっていたのだ。

現時点での財力があれば、肉体の再生を神の奉納によって行う事も出来るだろう。


だが、当時はそれを払う金も無く、結局現代の医療に頼る他無かった。

そうして、彼の頬は裂かれたままであり、それが動画視聴数の低減に繋がっていると、彼はそう思う事もある。

何故ならば、醜い姿、口裂け男など、ネットで勝手に行われている拝神者サイトでは、その様な非情なコメントも寄せられていた。


(まあ、こればっかりは仕方のない事だよなぁ)


有名税だとそう思う事にしている。

だが、その言葉は有名人だから使える言葉だ。

今の彼には、それ程の知名度も無いので、不釣り合いな名称だった。


「ん…」


曲がり角を曲がった時。

神守クロウの視線は、曲がり角で出待ちをしている女性に映った。


「おっとと…あぁ…」


その姿を確認した時、神守クロウは嫌そうな表情を浮かべる。

マスクを被った女性だが、その姿とロングヘアで誰であるか分かる。


「由良様じゃないですか」


男は面倒臭そうな表情をしながらそう言った。

マスクをズラして笑みを浮かべている由良。

彼女は配信者である、神と呼ばれる以上、多くの人間から信仰と言う登録者を持つ女性である。


「さっきの配信見てたよ、|クロウサマ」


にひりと笑っている彼女。

神守クロウとは配信の際の名前では無く、彼は本名で配信をしていた。

彼女の様付けに恐れ多いと思った神守クロウは彼女に告げる。


「よして下さい、俺みてぇな野良拝神者に様を付けるなど」


すると、由良は頬を膨らませて言い返す。


「クロウサマだってサマ付けしてるし、それよりも、今日の配信も良かったよ、興奮しちゃった」


すぐさま笑みを浮かべる由良。

神守クロウは周囲を見回す。

彼女は有名な神である。

そんな彼女と野良契約者である神守クロウが居れば変な噂が立つだろう。


彼女に会釈をして早急にその場から立ち去ろうとするが、由良はその背後に引っ付いて歩いて来る。


「ねえねえクロウサマ、好い加減、私と神主契約、する気になった?」


神からのアプローチを受ける神守クロウ。

神主契約とは、神が直接、拝神者と契約する事で一定の条件の中ではあるが、奉納をせずとも神の恩恵を一身に受ける事が出来る。

毎回奉納をして禊を行う神守クロウにとって、奉納と言う過程を通さず神の権能を使う事は魅力的ではあるのだろう。

だが、その話を受けた所で、神守クロウの思いは変わる事は無かった。


「俺はそういうのには興味無いです、と、前にも仰ったじゃないですか」


興味がない。

実際には、興味があった、と言うべきだろう。

先程の通り、神守クロウが神の権能を奉納無しで自由に使える事は、凶ツ神を討伐する上では使い勝手が良くなる。

だが、神主契約と言うものは、その神のみを信仰し、神の為に尽力する者を指す。

つまりは他の神と契約する事が出来なくなるのだ。

複数の神に奉納を行っている神守クロウは、他の神からの恩恵が無くなる事が嫌だった。


「クロウサマなら特別に、私の権能、全部使わせてあげる、一万円程の奉納じゃあ、分厚いナイフしか使えないでしょ?」


「俺はそれくらいで性に合ってます、…でも、もしも他の神に奉納をしても良いと言うのなら、神主契約をしても良いと思うんすけどね…」


神主契約でも、神との交渉次第で他の神に奉納する事も出来る。

だが、信心深い人間からすれば軽蔑する行為であり、信仰者たちもその行為を毛嫌う。

昔、神主契約が他の神の権能を使用した事で炎上し、引退をせざるを得なくなってしまった事もあった。


神守クロウは既に、他者の意見に人生を左右される程までに弱い精神は持ち合わせていない為に、複数の神の権能を使用する事に頓着が無い。

だが、他の神に奉納をしたい、と言う神守クロウの言葉に反応した由良は、神守クロウに対して睨んだ。


「それはダメ、私以外の神に奉納するなんて、不埒過ぎるから、私だけを信仰して?」


不埒。

奉納とは身を削いで作った金を渡す事。

それが直接自らの身を削いで作った金で無くとも、労力に対して生まれた対価は間違いなく本人の血肉である。

それを他の神に捧げると言う事は、性交渉よりも穢れに満ちた行いであると、神は認識している。


「じゃあ、この話は無かった事にして下さい、そもそも、俺の様な野良よりも、より優れた拝神者なんて多いでしょう、そちらの方に契約を持ち掛ければ宜しいのでは?」


神守クロウの言葉に由良は声を荒げた。


「クロウサマ以上に優れている人なんていないもん、神である私が言うんだから、それは確実、それに、私の権能の全部、使っても良いなんて、他の神主契約者にも言ってないんだから、クロウサマだけだよ、これを言うの」


彼女が自らの足で出向き、スカウトするなど絶対にない事である。

其処までに、神守クロウと言う男に惚れこんでいるのだろう。


「他の神様の奉納が可能でしたら前向きに検討します、それ以外は出来ません、由良様」


頑固になりながら、神守クロウはそういうのだった。

彼の戦闘方法は複数の神の奉納を行い、肉体強化と武器使用によって戦う。

専属契約者になれば、多彩な戦闘方法が削がれてしまい、彼なりの全力が出せないと言う理由で、専属契約者になる事は控えていた。




「でも、他の神に信仰するくらいなら…」


尚も食い下がる由良に、神守クロウは溜息を吐く。


「(仕方が無い…失礼だが、…逃げよう)」


これ以上話しても埒が明かないと思った神守クロウは走り出す。

建物の曲がり角を曲がると同時に予め奉納しておいた権能を行使。

ある神に五万円程の金額を奉納する事で自らの姿を十五秒消す事が出来る。

次に曲がり角を曲がった由良が神守クロウを追い出した所で、彼の姿は彼女の視界から消えていた。


「…他のおんなを、私の前で使うんだ…」


嫉妬の感情を生み出しながら、由良はそれ以上の追跡をする事はしなかった。

逃れた神守クロウは遠くの市街へと向かう為にバスに乗る、バスに搭乗して、吊革に掴まった。

バスの中は搭乗者で多かった、多くは老人、または学生であった。

学生が座っている椅子を見る、二人、声を小さくしながらも、声を漏らしている。


「由良さま可愛いなぁ」

「この動画見た?由良さまのゲーム実況のまとめ」


その様に、韴の神の由良の動画を見ている学生たち。

その学生たちの画面を傍目で見ながら、神守クロウは目を瞑った。




由良との出会いを思い出している。

始まりは三か月前である、大規模な『凶星群きょうせいぐん』が事の発端だった。


凶星群。

天上より降り注ぐ凶ツ神が百体以上観測される事で呼ばれる名称だ。

多くの凶ツ神が地上へ降り立つ事で、多くの拝神者及び神がその討伐に当たった。


その事件に神代庁による特別法令が受理され、配信の有無は不問とされて拝神者が凶ツ神と戦ったのだ。

多くの凶ツ神を討伐している最中、拝神者もまた凶ツ神の手によって殺された。


血が地を濡らし、死体が山となる現場で、神守クロウもまたその戦いに挑んでいた。

多くの凶ツ神を討伐した彼は、数体の凶ツ神に囲まれている人を救った。


複数の神の権能を行使して助けた彼女こそが、由良であったのだ。

それ以降、由良は神守クロウをストーカー紛いな行動力でスカウトをしている。


「(別に、貴方だから俺は助けたワケじゃないのにな)」


神だろうが人だろうが、救える命だから救ったまで。

他の人間でもきっとそうするだろうし、特別視する程の理由でも無い。


「(それに、あの戦いで救ったのは貴方だけじゃない)」


誰であろうが、窮地に陥った命を神守クロウは助けた。

大勢の命を救った、とは言い難いが、その手で数えるくらいは命を救った事は先ず確かだろう。


「(それが原因で此処まで悩まされるとも、思わなかったけど…)」


神守クロウはバスに揺られながら、溜息を吐く。

彼が困っているのは、由良だけではなかった。



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