ブラックフィアー

暗闇恐怖にカカオ100%


◇◇◇◇


結局、コンビニではチョコを買った。


歩きながら白いビニール袋を広げて中身を確認した。


いつものお気に入りのお菓子を……ふたつ分。


元々、お礼したいつもりだったし。


それで……カー君のほっぺたを引っ叩いたことは謝まって。


……そこはカー君も変なこと言ってきたから、おあいこってことで謝らなくてもいいかな。



でも、最近イライラしてるらしいカー君に会っても……大丈夫?


イライラと怒っているカー君を想像して、なんだか怖くなって決心が鈍っちゃう。




“……ハァ……ハァ……”



会うのは無理に今日や明日じゃなくて、今度でもいいかな。


賞味期限はまだ大丈夫だし、冬だからチョコが溶けちゃうこともないし……



“……ハァ……ハァ……”



わ……っと、電柱に当たる所だった。


もうお菓子見ながら歩くのはもう止めとこう。


真っ暗な道を下向いて歩いてたら危ない。



“……ハァ……ハァ……”



……?



“……ハァ……ハァ……”



後ろから……息遣いが聞こえる。


近くじゃないけど、荒い息が聞こえる。


近付いたり、遠退いたり……



時々立ち止まってる?


何で?




『——最近ここらへんで痴漢が』




お母さんの言葉を思い出して足が一瞬止まりそうだったけど、それはなんだか恐くて歩くのを速めた。


後ろを振り向いて一体誰がいるのか確認するのは……




“……ハァ……ハァ……”




もっと恐い!!



私は走った。


恐い



走ってるのに離れている気がしない。


まだ後ろにいる気がする。



早く家に……


でも……このまま家に帰ったら、住所がバレて……とか、なったら……どうしよう!!



コートとかカバンとかがジャマで走りづらい。


私、元々走るの遅いし……。



走りながら、目尻に涙が溜まって流れてきた。



「カー君」



誰か……助けて!!


走っている自分の動きの騒がしい音とか、疲れた自分の呼吸とか、そんなのがうるさくて、後ろにいた誰かがまだいるのかなんてわからない。


恐くてそれどころじゃなくて、でも走るのも限界で、早くどこかに隠れてしまいたい。


走っている途中で公園が見えた。


恐い


恐い!!


逃げなきゃ!!


早く……


私は……咄嗟に目に入った公園に逃げ込んで、ともかく走った。


こどもの時に遊んだ公園で見慣れた所なのに暗くて安心できなくて……



「……カー君……」



アナグラと滑り台が合体した、あの象さんのアスレチック。


こどもサイズの入り口とか関係なく、飛び込んだ。


真っ暗でヒンヤリとした石の囲い。


顔を覆って、ヒザを抱えて可能の限り体を小さくして、出来るだけ息をひそめた。


だけど、自分の息が湿っぽい空間を反響して、全然静かにならない。


でも……多分、周りには誰も来てない


自分の呼吸だけ……



……のはず……


なのに



足音が……


聞こえる。



逃げて、隠れて……そのせいで、ココで見つかれば、もうどうしようもない。



恐怖のピークで涙がついに出た。



「かーくん……」



こわい……



「……助けて……」



……



「トーコ、見つけた」



ビックリして顔を上げたから内側にある石の階段に頭をぶつけてしまった。



「う……、〜っ痛ぅ……」


「何やってんの?」



しゃがんでいるカー君は外から中にいる私を覗き込んだ。


両手で打った所の頭をおさえながらカー君に聞いた。



「かー……君?」


「とりあえず出てこいよ」


「……誰もいない?」


「は?」


「カー君以外に……誰もいない?」


「……いないよ」


「……う……」



驚いて止まりかけた涙が再び溢れてきた。



「早く出てこいって」



ポロポロと涙を流しながらヒザをついて、私は月明かりの下へ出てきた。



カー君が……いる。


私の目の前に……。


明かりでカー君はようやく私の顔が見えたみたいで、驚いた顔をした。


私はかまわず、カー君の懐へ飛び込んでしがみついた。



「トーコ、何泣いて……」


「……」



安心したら急に涙が止まらない。


子供みたいだってバカにされても、もういいや。


私はただ恐かった気持ちをそのまま抱きつきながら、カー君の胸に吐き出して泣いた。



「う……うしろに……歩いてたら、後ろに……息が……」


「は?」


「う……う……へ……変質者だったかも……」


「あぁん!?」



カー君が声を荒げるからビクッと肩が震えた。



「てめぇ!!こんな所に隠れたぐらいでどうにかなると思ったわけ!?」


「で……でも、」


「『でも』じゃねぇ!!ふざけんな!!お前バカ?本当にバカ?底なしのバカなのか!?」


「ご……ごめんなさい」



あれ?……なんで、いつのまにか私が謝る展開に。



「……で?……何も無かったのかよ」


「……うん、後ろにいたっぽい……ってだけ」


「……あっそ」


「……ごめんね」



もう一度謝って、カー君の肩におでこを乗せて顔を胸に埋めた。


この際だから、思いっきり甘えてしまおう。


涙は落ち着いてきたけど残っていた鼻水を啜っていたら、カー君はまだ泣いていると思ったのか溜め息をつきながらこれ以上何も言ってこなかった。



そして私と同じようにギュッと抱き寄せてくれた。


暖かい。



「トーコ……あの……」



声を掛けられ、今更恥ずかしくなって、顔を上げた。



「ごめん。ごめんね……カー君、もう離れるね……」


「……俺も……その、」


「ん?」



離れようとした私を話さず、カー君は何かモゴモゴと言った。



「この間……俺も……ご……」


「……この間?」


「…………何でもねぇ!!」



だけど、カー君はやっぱり怒った様子で私から体を離した。



「あ……あの、カー君?」


「……帰るぞ」


「……カーく……」


「か・え・る・ぞっ!!」


「う……うん」



語気が強いから私はそれ以上何も言わずに先に歩き出したカー君の後ろに小走りで追いかけた。


だけどカー君と一緒に公園を出て、不思議だったことを聞いてみた。



「あ……あの、カー君は何であの公園にいたの?」


「……あぁ……。ん、これ」



カー君は自分のスマホを私に渡してきた。



その画面にメッセージのやりとりの履歴が見れた。


やり取りの相手は……加藤さんだった。



『夏月の近所って変質者が出没してるらしいじゃん。さっきコンビニで菊池さんを見たけど?』



吹き出しの中のその会話文を見て、先に前を歩くカー君を見たけどカー君は何も言わず、こっちを振り向きもせずにただただ先を行く。



「あ……あの、カー君」


「……」


「これ、その……」


「……」


「スマホ返す……ね。ありがとう」


「……うん」



なんとか隣に並ぶところまで追いついて、アイフォンを差し出すとカー君はコッチを見ずに手だけ出すから私はその手にアイフォンを乗せた。



カー君はすぐにポケットにしまって、また黙々と歩いていく。


加藤さんのアレは、私のことを心配してくれたから……カー君に連絡してくれた……ってことだよね?



……やっぱり悪い人ではないと思う。


今度、お礼を言いたいけど……でも、


先程のあっかんべーと舌を出した加藤さんを思い出すと、加藤さんは私と仲良くなりたいとは思っていないんだろうなって落ち込んだ。



「でも……加藤さんからメッセージ貰ったからって……何で公園ってわかったの?」


「コンビニから家まで、お前が使ういつもの通り道をさかのぼったのに、全然ち会わないから……トーコがいそうな所を行ってみただけ」


「え?」



カー君はようやく振り返って自慢げにニヤッと笑った。



「お前がかくれんぼで使う場所なんて大体わかるから。余裕」


「かくれんぼって……」



子供じゃないんだからって言おうと思ったけど……




『トーコ、見つけた』




……カー君だから来てくれた。


見つけてくれた。


やっぱり私にとってカー君はヒーローみたいなものなんだ。


ポロポロと涙がまたこぼれた。



「なっ!?何で、泣いてっ!?まだ何かあるのか!?」



すすり泣く私は何も言わずカー君の袖口のすそをギュッと握りながら、隣を歩いていた。



「……」



そしてカー君もそれ以上に何も聞いてこようとせず、すそを持っていた私の手を外した。


外された事に私はビクッとして、落ち込んだけど、空いた私の手を握り直してくれた。


そして私の手を引く。



「え……カー君……」


「……」


「……」



手袋越しのカー君の手は大きくて暖かい。



カー君が……好き。



好き


ごしごしと自分の目をこすって涙を拭うけど、好きって気持ちが突然溢れて、胸が苦しくてたまらないんだ。



こうやって手を繋いで歩くなんて幼稚園ぶりだけど、こうして歩くことはこれからはもっと無いんだって、何となくでもわかっているせいかもしれない。




“……ハァ……ハァ……”




背後の微かな気配にビクッと肩を震わした。



「か……か…カー君」


「あ?」


「う……うし……」


「……牛?」


「ちが……」


「大丈夫。デブっつってもお前、牛ほどじゃねぇぞ」



そうじゃなくて、そんなこと言ってる場合じゃなくて!!




“……ハァ……ハァ……”



恐い!!


私は恐怖の頂点でカー君の腕にしがみついた。



「か……カー君!!」


「ちょ……なっ、トーコ!?」



後ろにいる!!


近付いてくる!!



“……ハァ……ハァ……”



「や……やだ」


「……お嬢ちゃん?これ……」



……?


言われたことがすぐに理解出来なかった。



カー君の腕に埋めて隠していた顔をソッと上げて、まずはカー君の顔を見た。



カー君はキョトンとした顔で私を見たあと、『息遣い』の発生源に目を向けた。



「……じいさん、何か用?」



……じい……さん?


おそるおそる見ると、小さなおじいちゃんと柴犬がいた。



柴犬は可愛い顔で『ハァッ…ハァッ…』と舌を出していた。



……えぇっ?



「お嬢ちゃんが『コレ』を落としていったから」



おじいちゃんは口をモゴモゴしながら手を私達に差し出した。


プルプル震えながら出されたのは……レシート。



「そこのお嬢ちゃんがね……そこで袋かポケットか……ヒラって落としちゃったみたいでね……慌てて追いかけたんだけど、お嬢ちゃんの足がとっても早くてね……。おじいちゃんとピノの足じゃ追いつかなくてね〜……でも、また会えて良かったよ。ほれ……これ。落とし物」



……落とし物って……さっきのコンビニのレシート?



ピノちゃんと呼ばれた柴犬は変わらず『ハァッ…ハァッ…』と舌を出して、ご機嫌に尻尾を振って、コッチを見ていた。


……


……


……



私はチラッと隣のカー君を見た。


カー君は……


プルプル震えながら顔を抑えて……笑うのを堪えていた。



「じ……じいちゃん。そんなレシート、ぶっ!!ぶふふっ!!別にわざわざ届けなくても……ひ、ひひひ!!くはっ……捨てちゃっても良かったのに……ぶっ!!!!」



……え


……えぇっ!?


私が変質者だと思っていた人物って……おじいちゃん?


カンチガイ!?



カー君は笑いながら、私の代わりにおじいさんからレシートを受け取った。


おじいちゃんは「寒い寒い……」と言いながら白い息を吐きながらピノちゃんと帰っていった。



姿が見えなくなってからカー君は吹き出した。



「おま……変質者って!!ただのじいさんじゃん!!しかもあんなにプルプル震えた小っこいじいさん!!」


「ほ……ホントに!!『ハァハァ』聞こえてきて、すっごく恐かったの!!」


「いやいやいや……可愛い柴犬までいたじゃん。少しは後ろの様子も見ろよ」



カー君はカラカラと大声で笑って、歌っている。


選曲は森のくまさんだった。


私をバカにして!!



「お嬢さん♪落とし物〜♪……ってだからトーコ、一人で帰んなっつの!!」


「ど……どーせ、私のカンチガイだったから。私なんかにチカンが来るわけないから!!」


「そんな話はしてねぇだろ!?一人で帰るな!!」


「……」



恥ずかしい。


私って、バカみたい。


カー君に迷惑かけて、それが私一人で騒いでたなんて……ごめんの言葉以外見つからない。



「……ごめん、ごめんね……カー君」


「……」



溜め息と共にカー君はもう一度私の手を引いて歩き出した。



「メソメソすんなよ」


「……うっ……くっ……」


「……トーコは昔から泣き虫だよな」


「ごめん」


「……今度から帰りが一人になる時は俺に連絡しろよ」


「……いいよ、大丈夫だから」


「はぁ?に及んでまだそんなこと言ってんのかよ!!」


「だってカー君に迷惑かけたくないし……カー君の言う通り私みたいな子供が襲われるわけないから」


「それとこれとは話は別だから。お前の意見は却下。……今回のは……ほら、迷惑料的なお菓子か何かで手を打ってやるよ!!」


「…………一人で大丈夫だから」


「はぁ!?なんで!?」


「カー君にお願いするたびに何かしなきゃいけないならいい。それにどうせ私なんかは別に危なくないから……」


「……っ!!……」


「……カー君?」


「あ〜も〜!!畜生!!」



カー君は頭をバリバリ掻いてから顔を真っ赤にして怒ったように怒鳴った。



「うるせーよ!!呼べ!!呼べっつったら呼べ!!送らせろ!!見返りもお礼も何も無しでいいから!!だから、そんなゴチャゴチャ言わずに帰りは俺を呼べ!!」


「……でも」


「でもじゃねぇよ!!これは命令じゃなくてお願いだ!!頼むから送らせてくれ!!」



手を引っ張られて、カー君の体にドンとぶつかった。


そのままギュッと圧迫を感じて……抱きしめられてるってやっと気付いた。



「……トーコに何かあってからじゃ……遅いから」


「……」


「……いいか?」


「……うん」



気温が寒いはずなのに、さっきからずっと体が熱くて、でもそのままカー君に抱きしめられていた。



「あの……こ……これ、カー君に」


「何?」


「さっき……コンビニで買ったの。……チョコレート」



カー君はジッと私の手を見るだけで受け取ろうとしない。



「……だから、送り迎えとかのお礼とか見返りはいらないって言っただろ?」


「そ……そうじゃなくて、これは元々カー君に渡そうと思って買ったやつなの!!」


「は?」


「べ……勉強見てくれてありがとう」


「……」


「カー君のおかげでね、今日すごく落ち着いて試験受けれたの。スラスラ解けたの」


「……お前の実力だろ。お前が頑張った積み重ねだよ」



私は力いっぱい首を振った。



「今度はカー君の番だし……私に出来ることなんて、無いけど……その、応援してるから!!」


「……あぁ」



カー君はようやく受け取ってくれた。


そして袋の中身を覗いてフッと笑った。



「トーコは本当にチョコが好きだな。……ありがとう」


「……カー君」


「ん?」


「……頑張って」


「あぁ」

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