悪役令嬢に転生したら実家に祠があった件
ととせ
1話
転生したら祠があった。
うん、これだけじゃ意味が分からない。私も意味が分からないんだけれどね。
***
スフィア・イヌール公爵令嬢。これが今の私の名で立場でもある。
母譲りの黒髪と黒の瞳を持ち、長身でスレンダー。華やかと言うより凜とした雰囲気を持つ十七歳の令嬢だ。
王太子の婚約者であり、若い女貴族達からは羨望の的として崇められ男女問わず人気がある。学業の成績は上位をキープし、武術や馬術もそれなりにたしなんでいる。現王、王妃からの覚えもよくまさに順風満帆、前途洋々……だったのは三年前までのこと。
実母が流行病で亡くなり、葬儀から三日も経たないうちに父は妾とその娘を屋敷に引き取った。彼女たちが弱々しく従順な猫を被っていたのは、一時間くらいだっただろうか。父の命令で公爵家に相応しいドレスに着替えた途端、二人は見事なクソ……いえ、少々気難しい女性に変わってしまったのである。
私こと、スフィアはといえば、母の死のショックで前世の記憶を取り戻したばかりで、とても彼女たちの振る舞いに対応するどころではなかった。言われるままに自室を義理の妹に明け渡したどころか、ドレス、宝石、靴、調度品等々、全てを彼女たちに取り上げられた。そして気付いたら一人、使用人の部屋よりは少し上等、程度の離れで暮らすことが決まっていた。
義理の妹、マリアは私とは正反対の金髪に碧の瞳を持ち、容姿だけならまさしく妖精。
だがその中身は、ありがちだが邪悪そのもの……とは言い過ぎたかもしれない。
ともかく、マリアはその愛くるしい美貌とトーク力を使って貴族社会に入り込み、見事に私の婚約者である王太子の心を射止めたのである。正確には王太子とその取り巻きの心だが、それぞれ自分が本命だと疑う様子もない。
で、私の方はといえば、マリアとその母がせっせと悪評をばらまいてくれたお陰で、今は誰からも見向きもされない「悪役令嬢」として名をはせていた。
正式な婚約破棄こそされていないが、王太子がプレゼントどころか手紙すら送らなくなって早一年。実質的にマリアは王太子の新たな婚約者として、一部の若い貴族達からは認められていると噂で聞いている。
幸いだったのは自分と同様、再婚相手から蔑ろにされている父が気遣ってくれている事だ。元々お坊ちゃん気質だった父は本当は妾など作る気もなく、悪友にほぼ騙される形で娼婦と一夜の過ちを犯したらしい。そしてたった一晩の過ちでマリアができてしまい、申し訳無く思った父は実子と認めてしまった。母が亡くなり葬儀の準備をしていたところ、「偶然」通りかかった妾母子は父に「メイドで良いから雇ってほしい」と頼み込んだので頷いたところ、あれよあれよという間に後妻に収まった……とスフィアはつい先程項垂れる父から聞かされたところである。
(素晴らしい乗っ取りの手口。というよりお父様がチョロすぎ案件)
今更父に文句を言ったところで事態は改善しないし、何より憔悴しきっている親をなじるのは気が引ける。控えている執事とメイド長も「私どもの落ち度です」と頭を下げてくるから、居心地の悪い事この上ない。
「お父様、事情は分かりました。それで今後の方針はいかがするのでしょうか?」
今日、わざわざ執務室に呼び出したのは、マリアと王太子の結婚に関してだろう。
大体において私の転生した悪役令嬢ものでは、通っている学園の卒業パーティー、あるいは城で行われる正式な婚約発表の場で婚約破棄イベントが行われる。現状ではマリアに分があり、自分は破棄されるのは決定事項と断言してもよい。ただ破棄されるならまだしも、無実の罪を着せられ、断罪されるのは嫌だからそれだけは避けたい。けれどマリアの性格上、敵対する相手は徹底して潰すので希望ある未来は閉ざされている。
「今のうちに退学届を出して、隣国の修道院に入ろうと思います。生前贈与に余裕があれば、海を隔てた国に長期留学という名目で移住し亡命申請をするという手も……」
「スフィア、お前にはこの公爵家を継いでほしい」
「……お父様、それは現実的でないのはおわかりでしょう?」
本来スフィアが王太子に嫁ぐにあたり、この公爵家は遠縁の伯爵家次男(現在五歳)に継がせる事が決定していた。三年前の時点では妾腹の存在はなんとなく知らされていたけれど、庶子なのでとても公爵家を継がせる事はできないと誰しも思っていたのだ。
「婚約破棄をされたからといって、私がこの国に留まる事をマリアが許すとは思いません。イヌール家が取り潰しとなる前に、私を国外追放して伯爵家の次男に継がせるよう取り計らってください」
「マリアと母親の性格は、私も重々承知している。しかしお前でないと駄目なのだよスフィア。伯爵家のあの子には申し訳ないが、手に負えるとは思えない」
「どういう意味ですか?」
「ついてきなさい」
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