神楽坂先生の音楽準備室

優里‐Youri-

第1楽章 母校

「変わらないなぁ」

長く続く桜並木の土手を、大きな荷物をいくつもかかえ、ゆっくり歩いてくる男。


彼の名は、神楽坂かぐらざか きざむ

「一度家に寄って荷物を置いてくるべきだったな」


一本の木の下に立ち止まると、荷物を置いて一休み。丸く大きくふくらんだバッグに寄りかかるようにして座ると、一面桜色の空を見上げた。


土手の下には大きなグラウンドが見える。春休みの生徒たちがボールを追いかけていた。

校舎の一角から聞こえてくるのは、繰り返し上り下りしているクラリネット。ジャーン、ジャーンと一定の間隔かんかくでシンバルが鳴り続けている。その後ろから、校歌の練習をしているのだろうか。トランぺットの特徴的なメロディが聞こえてくる。


「こんなところで油を売ってたのね!」


大きな声がして、目を開けると小日向こひなた 茉莉夏まりかなかあきれたような顔が真上にあった。さわがしくも心地ここちよい音を聞きながら、いつの間にかうとうとしていたようだ。


「いろいろ忙しいんだからね。さあ早く早く!」

「おい、まだ時間前……」

言いかけた神楽坂を遮るように、茉莉夏まりか神楽坂かぐらざかの荷物の一つを手に取ると先に立って歩きだす。


茉莉夏まりか神楽坂かぐらざか幼馴染おさななじみだが、茉莉夏まりかの方が1つ年上のせいか、姉さんのようにあれこれと神楽坂の世話を焼きたがるきらいがある。のんびりした性格の神楽坂はそれがありがたいこともあり、勝手に世話を焼かせている。茉莉夏まりかはおっとりしすぎる神楽坂のことが頼りなくて仕方がない。


先を急ぎながら茉莉夏は時々振り返り、必要な書類は持ってきたかとか、そんなことを矢継やつぎばやに確認してきた。

曖昧あいまいな返事をしながら、神楽坂はなつかかしい校門に足を踏み入れた。


事務的な手続きを済ませると、神楽坂は職員室に案内された。すでに春休みに入っているので職員室には数名の教師が残っていただけだが、それでも立ち上がり口々によろしく、と言った。

「神楽坂さんは吹奏楽部のコーチとなりますので、普段は音楽準備室をお使いください。ミーティングなどはこの職員室で行うこともありますので都度つどお知らせしますね。準備室の場所はおわかりですか?」

もちろん、と答えようとする間もなく、茉莉夏まりか

「私が案内します!」

と割り込んできて、副校長はよろしく、と短く答えると、デスクに戻っていった。


茉莉夏と連れ立って別棟べつむねの校舎に入ると、すぐにたくさんの音が一斉いっせいに押しせてきた。


3階建ての別棟べつむね特別棟とくべつとうと呼ばれている。理科室や音楽室などの特別教室があり、それぞれ化学部や吹奏楽部の部室をねている。

2階の奥が第一音楽室で吹奏楽部が使用しており、その並びに、音楽準備室もあった。

ちなみに、3階には第二音楽室があり、そこは合唱部の部室になっている。


ドアのガラス部分からのぞくと、中ではティンパニやスネアドラムなどの打楽器パートが練習をしている。窓の外のベランダではまだ男子生徒がシンバルの基礎練習にはげんでいた。


ほかの部員たちもパートごとに、各教室に分かれ、パート練習をしているようだ。


神楽坂が在籍していた頃から静流せいりゅう学園高校の吹奏楽部といえば県内でもなかなか技術が高く上手い生徒が多かった。音大にすすむ生徒も毎年いて、コンクールでもそれなりの結果を出している高校だった。


「上手いことには上手いんだが、な」

神楽坂はつぶやいて、準備室に荷物を放り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る