善良な悪意

小学生の時分であったか、授業中の回答を間違い、教室中に笑いが起こったことがある。私は少しの恥ずかしさはあったものの、いつもの事であったから特段気にしていなかった。しかし、その時の授業担当がおもむろに教壇を降りたかと思えば、私の席まで来て、私の腕を引いて教室の外まで引っ張って出、次のような言葉を発した。

「あなたはもっと賢い子。それをちゃんと分かってくれる人がいるからね。」

返事に困ったが、取り敢えず「はい。」とだけ答えると満足そうに教室に戻った。

子供達は純粋に間違いを笑っただけであり、恐らくは私を笑った訳では無い。人を嘲る声はあんな和気藹々とした空気にはならないことは経験で知っているから、それは何となく分かっていた。しかし、その教師の目にはただ一人を笑う異様な光景に見えたのだろう。しかし、未だに私はあの言葉には釈然とせぬ。私が皆に理解されていないような物言い。確かに笑われはしたが、普段からそんな空気ではないし、他の者が間違っても幾らかの笑いは起こるクラスだ。

少し穿った見方をすれば、あの教師の真意は私を辱めることだったのではなかろうか。心配するフリをして、「あなたは今皆から嘲笑の的となっている。」と遠回しに伝える言葉。善意に満ち溢れるように見える言葉。されど、そこには悪意があるように感じられる。

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