ある男の記憶 Ⅱ

第12話

「咲夜(さくや)」




呼びかけられて振り向く。


この研究組織を創設して2年。

ようやく組織としての機能も安定してきた。


創立者である、俺が尊敬する彼ーーー楽生(らい)はこの組織の統括だ。


俺は副統括だ。

副統括と言っても、楽生の付き添いばかりである。



それでも、毎日が充実していた。

尊敬する彼の仕事を間近で見ることができ、なおかつ意見を求めてもらえる。



やりがいを感じていた。




「どうしたんですか、楽生さん」


「楽生さん、なんて言うなよ!俺ら親友だろ」



楽生はにっこりと笑った。

俺は楽生の3つ年下だ。


それでも、彼は俺を親友と言う。

これほど嬉しいことがあるだろうかと、その度に胸が踊る。




「ありがとう。それじゃあ、そうさせてもらうよ」


「ああ、そうしてくれ。…あ、そうだ。この資料なんだが…」




俺と楽生さんは5年前、ルナという組織に所属していた。

遺伝子の研究をもっと組織的に深く研究したいと申し出ると、喜んで脱退を認めてくれた。



俺たちの研究は、だいたいが死体を使って行われている。


ルナで処分する予定だった人間を脳死状態で連れてきてもらったり、遺体を使って実験を行ったりしている。




その成果は目に見える数値や結果として次々に成功していく。



この2年で裏社会に名を轟(とどろ)かせるほどには成長してきた。




今は、次は何の研究をするかについて話をしている。




「あー、なんかうまく進まないなー」


「何言ってんの。こんなに成果出てるのは楽生が結果出してるからでしょ?」


「それはお前が俺の後ろにいてくれるからだろ〜。

お前がいなきゃ俺はここまでこれなかったし、2年でこの組織をここまで大きくはできなかったよ」


「楽生さんにそう言われるなんて、今日は地球滅亡ですかね?」


「なんだとー!お前、俺をなんだと思ってるんだー!」



おりゃおりゃ、と楽生は俺の肩に腕を回し、頭に拳をグリグリ押し付けてくる。



「あははっ!そりゃもう、俺の自慢の親友さ」


「そーかいそーかい!」





俺は楽生が言ったことは全て従う。

この人が間違ったところを見たことがないからだ。

この先もずっとそうするつもりだ。



周りからは、楽生の忠犬、なんて呼ばれていたりもする。

それでもいい。



この人だけは、俺を認めてくれているのだから。





「あ。なぁ」


「ん?」


「よくさ、小説とかで、新たな人間を作り出す!とか言ってる奴らいるじゃん?」


「あー、超能力を持った人間とか、特殊な力を持った人間を作るんだーとか言ってる悪役とかのことか」


「そうそう」


「それが?」




楽生は、子供のようににっこりと笑った。

突然メルヘンチックなことを言い出したので、少し笑えたが…



「異能力とか超能力とか魔法とか、さすがに無理だと思うんだよなぁ」


「だろうな。どうしたって無から有は生まれないから、それは仕方ないだろ」


「それじゃあ、

ーーーー意図的に異端児を作るってのは?」


「は…?………異端児?」




さっきの子供のような笑みは消えた。

ニヤリ、とその口元が歪む。



自分の体温がグッと下がったように錯覚した。

暑くもないのに汗が流れる。



なんだ…

この、違和感




「そう。特殊な人間の遺伝子を組み合わせて、産ませる。


実現するようなものの掛け合わせだよ。


例えばー…

驚異的な記憶力を持った人間とか、

コンピュータに勝る計算能力を持った人間とか、

見たことない文字や聞いたことのない言語でも理解出来るような知力を持つ人間、とか


あとは、痛みを感じない人間とか、

不老不死、とかな」



「……最後の2つはどうかわからないけど、ほかのはサヴァン症候群の特徴に似てるな」


「おー!それだ!…いいな、それ。

意図的にサヴァン症候群の子供を産ませればいい。

サヴァン症候群の患者は確か……そうだ。

自閉症を併発している人が多かったはず。


それを見直してみよう。

欲しい部分の遺伝子だけを取り出して掛け合わせればいい」



「は?お、い……楽生?」




楽生は、何かに取り憑かれたようにブツブツと一人で話を進めていく。







もうすでにこの時、歯車は狂っていた。

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