花咲く街の月の哭く夜
律王
第零怪.プロローグ
第零怪.プロローグ
晴は、悠然と構える門の横に隠すように置かれたインターホンに手を伸ばす。ボタンを押すと、機械的な声が聞こえる。
「お名前とご用件をお伺いします。」
「聡司くんの友達の大野晴です。聡司くんお願いします。」
晴が答えると、また機械的な声が聞こえてくる。
「聡司様は現在勉学のお時間です。また後日、ご来訪ください。」
そこまで言うと、その裏から若い男性の声が聞こえる。
「ごめん、晴、今行く!5分待ってて!」
「聡司様、いけません!」
先程の機械的な声とは打って変わって、子供を諌める厳しくも温かい声。おそらくは主人の息子を連れて遊びに行ってしまう少年を怖がらせるために、あえて機械的に話しているのだろう。
繪乃路グループ。観光業を中心に、不動産業や航空業の最前線を走り、近年では飲食店や学校の運営にも力を入れている大財閥。
聡司はその御曹司だ。きちんと勉強し、立派な跡取りとなって欲しいのだろう。と言っても、本人にはそのつもりはないようだが。
門に掲げられた「繪乃路会」と書かれた表札を眺めながらそんなことを考えていると、背後から声がした。
「ごめん、晴。さ、行こう!」
いつの間にやら使用人を振り切って来たらしい聡司は、御曹司とは思えない悪ガキのような笑みを浮かべた。
「二人とも遅い!」
開口一番、香織が声を荒げる。学校での優等生はどこへやら、わんぱくな姫のような様子である。しかしこれでも花吹東中学ではマドンナ的に人気を博している。どうやら上手いこと本性を隠しているらしい。黙っていれば大人びた雰囲気を持つ美女なのだ。
「ごめんごめん、家出るのに時間かかっちゃってさ。」
聡司が宥めるも、香織はそっぽを向いてしまった。
「まあまあ、早くホンキヨのとこ行こうぜ。」
晴がそう言うと、そっぽを向いていた香織が、目線だけをこちらに向けた。
「しょうがないわね。行きましょ。」
渋々行ってやる、とでも言いたげな顔だが、明らかに足取りが軽くなっている。怪談好きな香りのことだ、新しい怪談と出会えるかも、と楽しみなのだろう。
「それにしても、聡司くんがホンキヨのとこに行きたいなんて、珍しいわね。」
香織が首を傾げる。確かに、科学至上主義を掲げ、超常現象の全てを否定する聡司が怪談を聞きたがるなんて珍しいことだ。
「部活の活動なんだよ。地元の怪談を調べて、科学的にありえないって証明するっていう。ちょうどホンキヨもいることだし、ネタには事欠かないしね。」
ホンキヨ、本名は本田清彦。晴たち3人がよく使う公民館の館長で、この地域の色々な怪談を知っていて、よく子供達に話している。『本当にあった怖い話』の略称、『ホンコワ』に倣ってホンキヨと呼ばれているのだ。
それにしても、怪談を科学的に証明してしまおう、などと不躾なことを言い始めたのは誰なのだろうか。怪談は不思議で恐ろしいからこそ面白いのだ。と、晴は心で思うのだが、口にはしないでおいた。
「まあ、この企画持ち込んだの僕なんだけどね。」
聡司が照れくさそうに言う。お前かよ!とツッコもうとした矢先、香織渾身のチョップが聡司の脳天に直撃した。
「信じらんない!怪談は不思議で恐ろしいから面白いのよ!」
香織に全てを代弁されてしまった。聡司を叱りつける香織を眺めていると、背後から声がする。
「元気じゃのう。」
笑いながらホンキヨが姿を現す。笑うと入れ歯がカタカタと音を立てる。
「香織ちゃん、いらっしゃい。また怪談を聞きに来たのかい。」
聡司の首根っこを掴んだままホンキヨの方を向いた香織は、そのまま手を前に突き出した。
「私も聞くけど…今日はこいつが聞きに行きたいって言いだしたの。」そう言って聡司を投げ出した。
なぜか首根っこを掴まれ満足そうな聡司は、襟元を正しながら自己紹介をした。
「お久しぶりです、本田館長。繪乃路聡司です。僕のこと覚えてますか?」
確かに、公民館には度々3人で来るが、聡司がホンキヨと話している記憶はほとんど見つからない。
「おー、聡司くんじゃないか。久しぶりじゃのう。元気そうで何よりじゃ。背ぇ伸びたのう。」
ホンキヨは旧友に再会したような顔で言った。
「ええ、本田館長もお変わりないようで良かったです。」
「ほっほっほ。昔のようにホンキヨで構わんよ。」
ホンキヨは入れ歯をカタカタと鳴らした。
「さぁ、じゃあ早速怪談を披露しようじゃないか。」
ホンキヨは傍に置かれている円形の机を顎で指した。心なしか嬉しそうだ。
着席した途端、さっきまで不機嫌だった香織がイキイキとしだした。
「ホンキヨ!今日はどんな怪談を聞かせてくれるの!?」
「そうさねぇ…よし、今日はこの街の七不思議についてお話ししよう。」
ホンキヨはどこからともなくこの街の地図を取り出して来た。
「この街…花吹市には、昔から伝わる七不思議があるんじゃ。」
そう言って地図に一つ、また一つと点を打っていく。
「え、ホンキヨ。この地図に直接書いちゃって大丈夫なの?」
香織が心配そうに尋ねるが、当の本人は聞く気がない。
「まあ、こんなもんじゃのう。」
そう言ってホンキヨが見せる地図には、8つの点が打たれており、その下にはそれぞれの説明が書かれている。
1,花吹霊園の少女
2,花吹市立図書館に潜む怪人
3,ひとりでに動く花吹浩三像
4,花吹市民病院に響く叫び声
5,花吹寺苑道に咲く青い桜
6,花吹金良川の河童
7,深夜に走る地獄行きバス
8,花吹公民館に棲む妖怪
「あれ、ホンキヨ。七不思議って言ってるのに、8つあるよ。」
香織が首を傾げる。待ってましたと言わんばかりに、ホンキヨが説明する。
「この8つ目はな、七不思議を1番から順に巡った時にだけ現れるんじゃ。」
ホンキヨが目を妖しく輝かせながら説明する。
香織が恐怖と興奮を合わせた目で地図を見つめる一方、聡司は馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、地図を眺めている。
「ホッホッホ。聡司くん、信じられないかね?」
ホンキヨが聡司に問いかける。聡司は一瞬ドキッとしたような表情を見せるが、すぐにいつもの調子に戻った。
「まあ…幽霊とか怪人とか、ただ忍び込んだ不審者じゃないんですか?青い桜だって、桜の花びらに青い光が当たっただけかもしれないし。」
横の香織の顔色を窺いながら、淡々と続ける。香織は怪訝そうな表情を浮かべ聡司を見るが、またすぐに地図に目を落としている。
「なるほど。確かに、そう言う意見もあるじゃろう。でもな、この世には、科学だけでは説明できないことも沢山あるんじゃよ。」
そう言ってホンキヨは不気味に笑った。
「と、取り敢えず、最初は花吹霊園に行けばいいのよね?」
ホンキヨの雰囲気に呑まれたのだろう。普段はどんなことにも物怖じしない香織が怯えている。
「そうじゃの、百聞は一見にしかず、じゃ。今日の夜、その目で見てくればいい。親御さんには、儂から連絡しておこう。」
そう言って携帯を取り出したかと思えば、迷わずに番号を押していく。
「あー、もしもし。繪乃路和久くんの携帯で合っとるかな。おお、久しぶり。公民館の館長の本田です。今日、君の息子が儂のところに泊まるから。あーはいはい、はい、ありがと。」
呆然とする聡司を尻目に、ホンキヨは怪しげな笑みを浮かべる。
「さあ、行ってらっしゃい。」
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