色泥棒
律王
『色泥棒』
『色泥棒』
夜中にふと目が覚める。
時計を見ると午前3時、窓から入る月明かりがぼんやりと部屋を照らし、灰色に包まれている。
君がいなくなって3年が経った。それなのに、自分の心は未だ囚われていることを知ったら、君は笑うのだろうか。
照りつける太陽の光から逃げるように病室の扉を開く。病室の奥に置かれたベットの上には、外を眺める少女が1人。
「あんまり風に当たると、また体調崩すぞ。」
そう言って男は窓を閉め、少女の瞳を見つめる。
病魔に侵され痩せ細り、日に焼けず青白い顔には似合わない茶色い瞳が、真っ直ぐに見返してくる。その瞳には、強い意志が込められている。男は暫く見つめた後、観念したようにまた窓を開ける。
少女は嬉しそうにはにかんだ後、少しして口を開く。
「昨日、家に帰るか訊かれたよ。やっと治ってきたのかな。」
少女は茶色の瞳を輝かせ、嬉しそうに手を揺らす。
長い闘病生活も虚しく、病魔は少しずつ少女を蝕み続けていた。この数年は一度も家に帰っていない。そんな少女に対し、家に帰るかを尋ねること、それは余命宣告に他ならなかった。男は何も返すことはできなかった。そんな男を尻目に、少女は続ける。
「退院したらね、遊園地行きたい!あと、水族館も行きたいし、動物園も…あ、ハンバーガー食べたい!」
少女は指を折って目を輝かせている。まるで花でも咲き出すのではないかという雰囲気をまとって。
男には、楽しそうな少女をただ眺めることしか出来なかった。
数日後、少女が家に帰ってきた。
「ただいまー、私の家!相変わらず小さい!汚い!」
少女は罵倒しながらも、どこか嬉しそうに部屋を見渡している。
「さ!お父さん、ご飯食べよ!」
少女は花のように笑っていた。
それからは怒涛の1週間だった。遊園地、動物園、水族館、ファストフード店にファミレス。ただただ少女の希望を叶えて回る日々。
それは、多忙ながらも、男にとって幸福以外の何物でもなかった。生まれてすぐに難病を発症し、入退院を繰り返す娘。
懸命に病魔と闘う娘を置いて、蒸発した妻。
孫の命を諦め、早く次の世継ぎを作れと言う両親。
そんな状況でも挫けず、ただ一人で毎日病院に通ったのは、ただこうして娘と一緒に暮らしたかったからであった。
そんな娘と過ごす1週間の最後、娘が行きたいと言ったのは近所の公園だった。
時刻は午後8時、あたりは静寂に包まれている。
「こんな時間に公園に来て、どうするんだ?」
男は少女に問う。
「えへへ…お父さん、こっち来て!」
少女は男の手を引き、公園の奥へと進む。やがて、開けた場所に出る。そこには、色とりどりの花が咲き乱れている。
「昔、お母さんと一緒にいろんな種植えたんだ。で、約束したの。私が退院するまでお母さんがお世話をするから、退院したらお父さんを連れてくるって。お母さん、約束覚えててくれたんだ。」
少女は嬉しそうに花を眺めている。
「どうしてもお父さんと見に来たかったんだ。多分、外に出られるのも今日が最期だから。」そう言って寂しげに笑う。
男は口をつぐんでしまった。
「ねえ、お父さん。いつまでも、私のこと忘れないでね。」
そう言って花畑に飛び込んでいく。儚げに、そして美しく笑う様は、まるで月下美人の花のようであった。
翌日、少女の容態は急変した。徐々に冷たくなっていく少女の手。しかし、その顔には満足気な微笑みが浮かんでいた。
それから、どれだけ経っても、あの花畑が頭に張り付いて離れなくて、いつまでも世界は色を失ったままで。
君は、旅立ってしまった。僕の色を奪って。
色泥棒 律王 @MD_aniki
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