忘れた落としもの
pan
第1話 屋上、読書、そして幽霊
誰もいない、学校の屋上。
昼休みになったら俺はいつもここにきて本を読んでいる。
理由は単純で、騒々しい教室で読むよりも静かなところで嗜みたいからだ。
とはいえ、今は夏。下の窓から青春を謳歌する音が聞こえてくることもしばしば。大きい音でない限り邪魔にはならないし、むしろ心地よいBGMのような気もしてくる。
実はその輪に入って自分も楽しみたいとか、少し羨ましい気持ちにもなってしまう。誤魔化すように、紙をつまんで本のページをめくっていく。
「……ん」
突然、俺の前を横切るかのように風が吹き抜けた。
空は雲一つない青空で、普通の人なら夏を感じさせる涼しい風かと思うのだろうが、俺はそう思わない。
俺にとってこの風は邪魔でしかないのだ。
「まーた一人で本読んでる」
目の前に現れた彼女は呆れた顔で見てくる。
「いいだろ、別に」
「そうだけどさあ」
ぶっきらぼうに返す俺に、いつものようにジト目をする彼女。何度も見たこのやりとり。
そのまま彼女は俺の前からいなくなり、校庭の方へ向かって行く。その背中はどこか寂し気で、冷たい。
しかし、俺にはどうしようもできない。
◇◇◇
昔から幽霊は視えていた。
初めては
健気な子どもだったのだろう、「祖母ちゃんが笑ってる」なんて言ったことを憶えている。その時の両親に軽くあしらわれてしまったけれど。
その出来事がきっかけとなったのか、日常生活で幽霊を視るようになってしまった。
学校でも家でも、視たくないのにそこにいる。
時々、声を出して驚いてしまうこともあった。しかし、周りは視えていないのか、ビビりだとか変人だと言われる始末。
そんな生活を送っていくうちに回りを見ることが怖くなり、一人で行動するようになった。気づいた時には、友だちと呼べる人はいなくなっていた。
しかし、視えることが悪いとは言い難い。
黒い霧のようなものが悪い霊と認識するようになった中学二年生の頃。その悪い霊はいじめっ子や一人でいる子ばかりに憑いていた。きっと恨まれていたり、憑かれやすい体質だったりしたのだろう。
この能力のおかげで争いごとに巻き込まれることはなかったし、だいたいは未然に防ぐことができていた。
いつの間にか視えることに慣れてしまったけれど、それと同時に人としての何かを失ってしまった気がする。
高校に入学してからは人と関わらないようにしてきたつもりだ。クラスメイトの名前なんて覚えていない。担任は覚えているけど、それは薄暗いモヤが腰回りを覆っていたからだ。
今のところ光を遮るような闇を模したモノは視えていないから窮屈しない。その点で言えば、勉強を頑張って入ったかいがあるというものだ。
とは言え、クラスの中は眩しすぎる。退屈しのぎで読む本の文字なんて読めやしない。
そんな時に見つけたのがこの屋上。
初めて来たときは、どうして人が来ないのか不思議なくらいに空気が澄んでいて心地よかった。
そのままベンチに座って本を読もうとしたとき、校庭を見つめる彼女が目に入った。これが、彼女――
高校の制服を纏っていたからか、最初は先客がいるのかと思って立ち去ろうとした。しかし、立ってから改めて彼女を見てみると、屋上に立っているわけではなく、柵を超えた先で浮いていた。
人間ではないならと、扉に向けていた足を戻してベンチに座りなおした。
気づいたからと言って、こちらからアクションを起こす必要もない。
そのまま読んでいた本のページを開いて時間を過ごそうとしたとき、さっきまでいた彼女がいなくなっていた。
悪い霊ではないだろうが、あそこまで綺麗な形で認識できることは稀だ。どこかで俺も気になっているのかもしれない。
しばらく彼女のいたところを見ていたら、後ろから話しかけられた。
「何してるの?」
普通の人ならば慌てふためくだろう。こんなことにも慣れてしまっていた俺はどういう意味で言ってきたのか考えていた。
脅しなのか、ただの興味本位なのか。おそらく後者だろう。
「おーい、おーいってば。やっぱ聞こえないか……」
少し寂しそうな声で、ゆっくりと俺の横を通り過ぎていく。
どうしてか、決して悪い霊ではないことはわかった。
ただ、癇に障る。こんなにも人間に構ってほしがる霊は初めてだった。
だからと言って返すことはしない。良い霊かと思ったら実は悪い霊でした、なんてこともある。
「視線を感じたんだけどなあ……。気のせいだったのかな……」
なんとも自己主張の激しい霊だこと。
しかし、ここまでのことをしてベンチを動かさないのはどうしてか。この時点で攻撃的な霊ではないと分かった。
大人しい、とは言い難いがそれほどの霊が姿を現すなんてどんな恨みつらみがあるのだろう。彼女に対する興味がどんどん大きくなっていき、ついに俺は声を出した。
「……読書」
「……え!? 聞こえてた!?」
ポツリと呟いた言葉に過剰に反応する彼女。
俺と彼女はしばらく、本越しに見つめ合っていた。
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