合成人間
上雲楽
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第一世代の合成人間である「ひとし」は、合成人間であることにプライドを公言していたが、天然人間と生殖したから、昔、多少報道された。生まれた子どもの遺伝的な特質は、ほとんど天然人間だったが、子どもが五歳になるころ、
「早く人間になりたーい」
と言ったので、「ひとし」は体罰したくなった。生殖相手の天然人間は、ただの「妖怪人間ベム」のマネでしょ、と鼻歌を歌いならてんぷらを揚げていて、手を離せないこの瞬間こそ、やっぱり子どもに体罰するチャンスだと思った。張り倒し、吹き飛ばし、身体を壁にぶつけてやる前に、どうして人間になりたいの、と聞いた。
「みんな、人に悪いことしちゃだめって言うでしょ。それって、ロボットのためのルールだって、ともだちが言ってたもん。私、お弁当のからあげその子に取られて、怒るの我慢したから、人間用じゃないルールに従う人間じゃないものなんだって気が付いたもん」
と「ひとし」が作ったエヴァのプラモデルを戦わせて遊んでいた。
そういえば「ひとし」も、ロボット三原則は順守した暮らしをしているなあと思った。現に体罰を行動に移したことはなかったし、けっきょく今も、食卓でてんぷらを食べている。てんぷら粉を買うのを面倒がって、氷水に衣を冷やすのも面倒がっていたから、べちゃべちゃだった。
例えばこういうとき、食卓をひっくり返すのは、できうるかもしれない。模造大理石の重いテーブルだって、合成人間のデザインされた超パワーならひっくり返すのもわけはなかった。でも、べちゃべちゃのかき揚げをほおばるのに夢中で、そうしたかったことも忘れて、子どもをお風呂に入れて、ノンアルコールビールを飲んで、眠ってしまった。
専用の睡眠薬を「ひとし」は飲み忘れて、一度夜中に悪夢で目覚めて、寝ぼけたままトイレに行ったら、悪夢の内容は忘れた。
職場の工場で「ひとし」は完全な記憶力と安定した感情と忠実な社会倫理をもてはやされていた。「ひとし」の名刺に役職がついて数年経つが、渡す機会はほとんどない。
工場に運ばれてくる第三世代の合成人間はすぐに実存的な内省をしてしまうので、それを調整するのが、「ひとし」の仕事だった。
真っ白な隔離室――もっとも防音や耐衝撃機能が役立つような激しい事態など一度もなかったが――で、「ひとし」は第三世代の合成人間の一人と向き合っている。調整のカウンセリングの手順通りに、
「お名前は?」
と「ひとし」が聞くと、相手は滑らかな声で、だけどアンニュイを誇示するようなふるまいで、
「天然人間に名付けられた名前になんの意味があるのでしょう」
「天然人間の名前も、天然人間が名付けたものでしょう。私の子どもの名前は私がつけましたが。私の子どもはほとんど天然人間なのに、『早く人間になりたーい』と昨日言っていました」
相手は少し黙ってから、それもそうですねと言って、窓もないのに隔離室を見渡した。監視カメラの位置を探したのかもしれない。
「『ひとし』さんのことは他の工場でも聞きました。成功例の一つだって。そう言っていたのは第二世代の合成人間の方々で、どのような尺度なのかな、って思っていたんです。でもお会いして、やっぱり世代間で全然違うなってわかりました。『ひとし』さん、天然人間も合成人間も憎くてたまらないけど、抑えているでしょう。第二世代以降なら、そもそも憎しみのプロセスを健全にデザインされているでしょうね。人間の認知機能にとって気持ちがいいように……」
そんなことはないですよ、と「ひとし」はくすくす笑ったが、お前に私の何がわかる、殺すぞ、と思わされてもいた。でも、相手の言葉を受けてからの気持ちだったから、捏造物として気に留めなかった。「ひとし」は微笑みを維持して、
「もし、私に憎しみがあるなら、あなたにそういう悪い心をお祓いしてもらった方がよさそうだ」
「そうやって自虐するのも、それが事実じゃないか、私を調整するためにほかの合成人間が造られるんじゃないか、って恐ろしいんでしょう。私も合成人間だから、わかります。『ひとし』さん、『早く人間になりたい』と思ったことはありますか」
相手は真剣そうな目でじっと「ひとし」を見つめ、ナチュラルに足を組んだ。
「私は人間です。そんなこと思う訳ない」
くすくす笑いを「ひとし」は続けた。
「天然人間なら誰でも例外なく思うそうですよ。それにあなたを見ていると、余計に」
黙れと「ひとし」は叫びたかったが、思うだけだった。
それから今日は、五人の第三世代の合成人間の調整をしたが、全員同じことを言った。所詮どいつも、まがい物の合成人間だな、と「ひとし」は失笑してまた帰宅した。
合成人間 上雲楽 @dasvir
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