隣国
隣のメキシコでは、私が大統領に就任したという話で持ちきりだった。こんな話をする者もいる。
「アメリカとメキシコの関係ってさ、織田信長と明智光秀みたいじゃね?」
「確かにそれは言えてる!光秀は主君を裏切ったから、きっとあの世でもギクシャクしてるはずだ。だからアメリカとメキシコの国境には、あんなでかい壁があるんだ」
「信長が光秀を拒絶するのも無理はない。ガルシア大統領が信長の生まれ変わりで、アリリオ・ロドリゲス(Alirio Rodriguez)大統領が光秀の生まれ変わりだったらいいのに」
それは、半分合っている。さすがに、ロドリゲス大統領が十兵衛、つまり明智光秀の生まれ変わりだということはないだろう。でもそれが本当だとしたら、今まで以上にメキシコを警戒しなければならない。また裏切られるんじゃないか、その恐怖で怯えることになってしまう。
「戦国時代ってロマンがあるよね!」
当の本人、ロドリゲス大統領は、仲間に質問していた。
「裏切り者といえば誰なんだろうか?」
「まあこの国はカトリックの人々が多いので、ユダが最も有名な裏切り者でしょう」
「なんですが、今はどこかしかも戦国武将がはやっています。織田信長を裏切った明智光秀こそが、最も有名な裏切り者です」
「そうだな。そういえば、私にはなぜか前世の記憶みたいなものがある」
ロドリゲス大統領、お前もか?これだとユリウス・カエサルの名言にそっくりになってしまう。だが他にいい言葉が見つからない。
「どんな記憶ですか!?」
「今から話そう。その代わり、誰にも言うなよ。1582年、私は主君を裏切って切腹させることに成功した。しかし、その遺体は見つからなかった。首が見つからなかったせいで、私はその後の戦に勝てなかった。敵は、主君の仇討ちという大義名分を持っているということもあった」
完全に終わった。お隣が、織田信長、つまり私を裏切って死に追いやった明智光秀の生まれ変わりだなんてな。アメリカの大統領は何度か暗殺された。リンカーン、ケネディ、あとトランプ大統領も暗殺されかけたな。
「それってまさか...」
「おそらく、今話題の明智光秀の記憶だな」
ロドリゲス大統領の仲間たちは急にざわついた。
「国民にバレたらどうなることか!」
「それ以前に、ガルシア大統領がこんなことを知ったらどうなるのでしょう?」
「さて?もしかしたら、ガルシア大統領が戦国武将が大好きだったらの話も考えましょう。明智光秀の大ファンかもしれません!」
同じ頃、カナダのドミニク・トランブレ(Dominic Tremblay)首相が困っていた。メキシコとアメリカの不仲についてである。USMCAというのは、簡単に言えばアメリカ、メキシコ、カナダの貿易協定だ。
「USMCAの仲間が対立しているようだ。私は何とかできないか」
「もうすぐ、メキシコとアメリカとカナダの首脳が話し合うニューヨーク首脳会談があります。その際に」
「そういえばこんな噂を耳にしました。今、戦国武将がはやっていますが、ガルシア大統領がやっていることは織田信長の政治に酷似していると。商業を重視しているところが」
「信長か。そうだ、打ち明けることがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「私の前世は、石田三成だと思う、おそらく」
「唐突なカミングアウトですね。具体的にどのような記憶が?」
「私は関ヶ原の戦いに負けて、京都の六条ヶ原というところで斬首された。その記憶があるんだ」
私たちが思っているより早く、首脳会談の時は来た。その頃の私は、ロドリゲス大統領が明智光秀で、トランブレ首相が石田三成であることなど知る由もなかった。
「ガルシア大統領、こんにちは。実は私は、打ち明けたいことがあるんです」
「打ち明けたいこと?」
何のことかドキドキしていた。
「アメリカとメキシコの国境には、巨大な壁がありますね?」
「いくらか前の大統領が作るように命じたという」
「それが今も残っているのは、あなたが私を拒否している証拠です。拒絶されても仕方がありません、私はあなたを裏切り死に追いやったから」
私の声は震えている、意識しても震えているのだ。
「そういえば私にも前世の記憶のようなものがあった。私は何度も裏切られたが、私の生涯は裏切りによって幕を下ろしたな」
トランブレ首相、
「まさか2人の関係って...」
もう私は開き直ってしまった。
「間違いない。私が持っている記憶は、今話題の織田信長のものだ」
「ということは、ロドリゲス大統領の正体は!」
「織田信長を裏切って葬ることに成功した武将、明智光秀です」
「トランブレ首相、もしかしてあなたにもこのような記憶が?」
「私には、石田三成の記憶があるのです。つまり私はあなたたちの後輩ということですね。この事実をもってして、アメリカとメキシコを仲直りさせます!」
ガルシア大統領とロドリゲス大統領は握手を交わした。
私がホワイトハウスに戻ると、フランスのアマンディーヌ・フォルクレ(Amandine Forqueray)大統領と、ドイツのエクムント・アーベライン(Egmund Abelein)首相の手紙が届いていた。手紙を見れば、大統領就任おめでとうということが書いてあった。しかしもっと見逃してはならない内容が書いてあったのだ。それは、フォルクレ大統領とアーベライン首相が特別な関係にあったことだ。両者も前世の記憶を持っていたという。フォルクレ大統領は上杉謙信、アーベライン首相は武田信玄。謙信も信玄も世界中で有名だが、信玄にはとある問題があった。問題というのは、信玄が侵略ばっかり行っていたがゆえに、独裁国家と悪名高いナ〇スと一緒くたにされていることだ。しかも信玄は今はドイツの首相、ドイツ国民にバレたらとんでもないことになる。だからそれを秘密にしてくれと私に要求してきたのだ。なんだよそれ、なら私に言わなくていいじゃないか。武田信玄がナ〇ス呼ばわりされているのにはもう一つ理由がある。織田信長ユダヤ人説なるものが流布したからだ。信玄と私は敵対していて、私を窮地まで追い詰めた。ユダヤ人の敵、ということである。信玄はホロコーストなんかやってないのにな。さすがにかわいそうな気もするが。
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