首脳武将

齋藤景広

大統領就任式

 ノア・ガルシアはアメリカ合衆国の大統領になった。その就任式が行われた。

「これから、民主的な合衆国を私たちで作り上げていきます!」

 観客は拍手した。


 その夜、ガルシア大統領は階段を降りようとしていた。しかし次の瞬間、彼は階段を踏み外してそのまま一番下まで転落した。

「大統領!」

 何人かの人々が大統領の元に駆け付けた。脈をとっている。

「階段を踏み外して意識がないなんて!」

「すぐに近くの病院へ運ぼう!」

 ホワイトハウスの外ではサイレンが鳴りまくり、人々がひと目大統領の姿を見ようと周りに集まった。SNSでは、せっかく大統領になったのにその初日に救急車で運ばれるという大統領の不幸さを嘆いている人々も多い。マップを見れば、大統領が運ばれた病院の口コミには世界中からガルシア大統領を救ってくれという声が寄せられていた。少なくともそこには20個ぐらいの言語があった。


 ガルシア大統領はやっと目を覚ました。しかし彼の周りには、走馬灯のように記憶がよみがえっていった。


 時は1582年にさかのぼる。この年は、本能寺の変が起きたとしてあまりにも有名である。そう、明智光秀が主君の織田信長を裏切った。信長は応戦するも多勢に無勢、火を放って自害した。ガルシア大統領が思い出したのは、この記憶である。


「大統領がご無事でよかった。何か異変はありませんか?」

「異変?ない、おそらく」

「承知しました」


 大統領はやはり眠れなかった。この時は世界的な戦国武将ブームで、自分がなぜ信長の記憶を持っているのか、まったく理解することができなかった。


 次の日の夜、ガルシア大統領は自分のボディーガードのルーカス・ホール(Lucas Hall)という美青年と話した。

「今、日本の戦国武将が流行っているらしいが、私は変な記憶を思い出した」

「奇遇ですね。私もです」

「こんな記憶だった。寺院にいたら、家臣が襲ってきて。私は奴と戦ったが、結局火を放って家臣の美青年と切腹した。その美青年が、お前にどこか似ているんだよ」

「私もそのような記憶が!私は天下人に仕えていて、愛されていたから幸せ者だった。しかしその天下人のほかの家臣が謀反を起こして、私は主君と一緒に戦った。寺は炎に包まれ、私は主君と自刃しました」

「しかしどこかでこのような話を聞いたことがある。まさか戦国武将ではあるまいな?」

「いや、私たちの記憶に最も近い死に方をした2人がいます。1人は、ナポレオン、ユリウス・カエサルと共に世界三大英雄に数えられる織田信長です。もう1人はその信長に仕えていた森蘭丸という人です」

「歴史に詳しいんだな」

「世界中ではやっているので、こんなことは基本中の基本なのです」

「この記憶を私たちが持っているとすると?」

「いわゆる、転生というやつです」

「私が信長の生まれ変わりか。そう思うとドキドキする」

「私もです!」

 雲ひとつないアメリカの春の夜であった。

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首脳武将 齋藤景広 @kghr

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