2 塗り潰す黒

匿名

『聞いた? 例のパパ活女子』

匿名

『誰だっけ。先月話題になってた人?』

匿名

『最近学校来てないらしい。ソースはパパ活波の同学年の兄』

匿名

『おい誰だよww てかパパ活波うけるww』

匿名

『まじ? 学校バレ?』

匿名

『だっさw』

匿名

『パパ波高校デビューで調子乗ってたもんね』

匿名

『パパ波やめwww 腹ちぎれるわwwwwwww』


「は……? ……あー、パパ活のエム波から縮んでいったわけね。理解理解」

 何気に忙しくて見れてなかったゴミ溜め裏サイトを開くと、タイミングが良いのか悪いのか、1年の学年主任がダンナの愚痴を言うわりに産休に入ったという超下世話な話題から、巳波のことに移っていた。

 あたしはといえば、宿題のレポート……英語スピーチ作りに飽きて、ネットにあげる落書きを描いている途中。落書きっていうのはもちろん嘘。ある程度気合い入れて描いてるに決まってる。今人気ジャンルの二番手くらいのいい感じのキャラを「フォロワーさんのリクエストで描きました」ってテイでアップするための『落書き』なんだから。

 でもそれにも疲れちゃって、そういえばどうなってるかなゴミ溜めあそこって思って、なんとなく開いた。そしたらこう。運命ってやつかな。そんな運命いらないけど。

 あれから1ヶ月。もうなのかまだなのかはわからない。

 佐野に呼び出された次の日に席替えをして、あたしは窓側のまま、菜月は廊下側になった。あたしは一番前で、菜月は一番後ろ。あたしの視界に入らないから、教室の出入りさえ被らなければ顔を合わせない。佐野はそれを狙ったんだろう。物理的に離せば喧嘩の熱が冷めてなんとなく解決するとか、そんなところ?

 まあクラスメイトたちに余計な気を使わせないって点では、大正解だと思う。前後の席で仲良しだったふたりが全く話さなくなる姿を見せ続けられるよりは、絶対マシ。

 席が菜月と離れたことによって、あたしが菜月にイラつくことは格段に減ったし、実際の効果はあったと思う。菜月の方は知らないけど。

 ともかく、菜月のことを考える時間が日に日に減っていった。テスト前だったり宿題が増えたりもしたし、なんとなくゴミ溜めあそこを見ることもなくなっていた。

 ただ──……まだ時々、あの変なため息は聞こえてくる。

 たとえばこうやってイラストを描いている時。キッチンで適当な料理を作っている時。リビングでテレビを見ている時。ひとりでいる時に聞こえるのだ。本当に、たまぁにだけど。

 ヘッドフォンはあれから使っていない。めっちゃ気に入ってたぶんかなりムカついたけど、何に対してムカついてるのかもわからないし、もしまた同じ想いをしたらと考えたらそっちを取った。YouTubeでも音楽でも、あたしは今耳に何かを挿して聞くことは避けてる。質のいいヘッドフォンだからタチが悪すぎる。ストレスとかストレスとかストレスとか、原因は絶対菜月関係あのことだと思ってるけど、とにかく嫌すぎるのに変わりはない。

 まあそんなわけで、この1ヶ月はだいぶ平穏な毎日を送ってると無理矢理思ってるわけだけど。菜月が学校に来てないなんて、初めて知った。それだけマジで菜月のことを考えなくなったんだと思ったら、嬉しかった。

 あたしが落としたパパ活話ウソゴミ溜め裏サイトの連中がまだ盛り上がれるのは心底くっだらねぇと思うけど、まあ仕方ないよね。パパ波とかマジで笑える。菜月がゴミ溜めここの住民なのはわかってるし、このウソがあたしの来ない間も地味に続いてたんなら、菜月が学校に来なくなった理由は明白でしかない。

 クラスや部活の誰が住民で、菜月自分をパパ活女子だと思ってるのかがわからないからだ。否定しようにも出来ない。だって、自分もゴミ溜めあそこの住民だとバラすようなもんだし、かといって、あたしみたいにくっだらねぇなって強気に出られる性格じゃない。

 実際、あれから少しの間、あたしは時々校内でチラチラ見られることもあったし、陰口言われてんなって察する時もあった。菜月とのアレコレがあったし、あたしがゴミ溜めあそこに書き込んだネタで、あたしの恋愛対象が女なんじゃって探るような、奇異なものを見る視線は受けた。でもそのあたりは予想以上のことはされなかったし言われなかったから、本当にどうでもいい以下になった。あたしの恋愛対象なんて、好きになった相手以外には関係ない。名前も知らないモブは黙ってろって感じ。

 スマホ画面をしばらく見つめる。情報源ソースを同級生の兄としているコメントは、おそらく兄ではなく本人だろう。「友達が言ってたんだけど」と同じくらい信用する価値なんかない。誰かから聞いたという話は、9割はウソに決まってる。

 ということは、少なくともひとり以上、同級生にゴミ溜めここに入り浸る住民がいるわけで。パパ活巳波あんなウソを信じ込むようなバカが大量にいるのはある意味残念だけど、信じないままに楽しんでる可能性もある。どっちが根性曲がってんのかなーなんて考えてみた。

 ……どっちもだな。うん。

 さて、とあたしはベッドから上半身を起こした。ながらスマホの脚トレが終わったから、次は太ももの後ろ側のストレッチだか筋トレだかのためにうつ伏せになる。片脚ずつ膝を曲げてお尻に当てる何とかって運動をしながら、あたしは久しぶりに書き込んだ。


匿名

『こないだ××のラブホ街で見たの、似てる人だと思ってたけど本人なのかな』


 打ち込んだ文面が画面に現れたのを確認して、あたしはため息をつく。

 マジでくっだらない。つまんない。何のために燃料になりそうなコメント軽いウソをついたのかも、もうわからない。そう思ってるのは間違いなく本音だ。このため息はその証拠なのに、ゴミ溜めここを見ると書かずにはいられない。

 スマホを投げて、脚の動きを止める。

 菜月に対してどうこういう気持ちはマジでもうない。許すとか許さないとか、ムカつくとかって感情はあの日にマイナスまで振り切れたから、あたしの視界に──世界にさえ入ってこなければ、それでよくなった。まあ、学校に来てないのが本当なら本気でせいせいはするけど、べつに積極的に傷つけようとも別に思ってない、はずだったんだけど。

「おっかしいなー?」

 先週行ったネイルがあんまりしっくりこなかったせいかもしれない。気分がモヤモヤしてるせいで、色んなことが調子狂ってる感じがするのかも。あたしはそう思って、予約アプリを開いた。







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