死に戻りで苦労するのは主人公だけだと誰が決めた。殺した側も巻き添えを食らうがいい。永遠に。全てをやり直し続けろ

福朗

プロローグ 死は終わりではない

 超人百傑。


 それは世界の上澄み達であり、正確には定員が百人という訳ではなく多かったり少なかったりするが、いずれも国家すら容易に手を出せない超人たちだ。


 その逸話はとにかく派手で、十万を超える大軍と相打ちになった男、国家の本気を相手にして生き残った女、宗教勢力からの異端認定を受けながら、逃げるどころか逆に総本山を陥落させた老人など枚挙にいとまがない。


 しかも一つの勢力という訳ではなく、単に強者を分類しているだけであり、秩序側にもいるし混沌とした勢力に与する者だっている。


 その超人たちの分類の末席に座るマーカスと言う男がいる。


 三十代中頃。刈り上げた金の頭髪。人相を悪くしている鋭い灰色の目。額に残る大きな傷跡。そして服の上からでも分かる筋骨隆々とした体。


 その全ての要素が常人には近づきがたいオーラの源となっており、街を歩けば衛兵すら視線を落としてしまう。


 平気で人を殺し破壊をまき散らす犯罪者なのにだ。


 幼子を殺し、男を殺し、女を殺し、老人を殺し、殺して殺して殺し続けた悪漢。しかし、強ければなんでも許されるのが世の常である。


 だが末席であるが故に上位の超人たちに歯が立たないのも事実であり、死なないための術を模索していた。


「おいこらなにやってんだ!」


「とっととどけ!」


 王侯貴族が所有するものよりも豪奢な馬車の中で物思いに耽っていたマーカスは、騒ぎ出した手下の声で我に返る。


「すいませんすいません! ほんっとにすいません!」


 マーカスの超人的な霊的感覚は、街道を塞ぐように泥濘に嵌まって動きを止めた馬車と、何度も何度も頭を下げながら状況を打破しようとしている男性を捉えた。


 するとマーカスの意識が動く。例えるなら視界に入ったコバエを追い払う程度の、軽く腕を振るうような気持ちの行動。


 結果はすぐさま反映された。


 突然発生した無色透明なエネルギーによって破壊された馬車と、巻き込まれた男性が粉々になって吹き飛ぶ。


 マーカスは男のことなど何も知らない。顔だって虫けらのことを気にしないのと同じように認識していない。


 ただ自分の邪魔をしたという理由だけで彼は人間を殺めたのだ。


【死は終わりではない】


「は?」


 マーカスは理解できなかった。


 富に溢れた街に住み、屋敷も豪華絢爛である彼が目にすることはない筈の光景が溢れている。


 捨てられた汚物。腐敗した小動物。垂れ流される汚水。ゴミのように当たり前の人の死体。


 探せばいくらでもある貧民街の真っただ中にマーカスはいた。


「幻術だと? 俺に?」


 マーカスの危機意識が一瞬で最高潮に達する。


 先程まで馬車にいたはずのマーカスがこのような光景に直面しているなど、何かしらの幻覚を見せられているに決まっている。


(誰の仕業だ? 泥沼の爺と婆か? それとも霞竜の小僧か?)


 そして超人であるマーカスを相手に術を成立させるなど他の超人の手によるものとしか思えず、同格かそれ以上の敵を想定しなければならなかった。


(力が出ねえっなんだと!?)


 更なる予想外がマーカスを襲う。


 一旦この場から離脱しようとしたマーカスだが、体に力が入らず……更に自分の体が変わり果てていたことに愕然とした。


 汚物に塗れた服、細い腕、傷だらけの足。


 記憶も刺激された。


 親もいない貧しかった生活。暗くじめじめとした生まれ故郷の貧民街。必ずのし上がってみせると決心したあの日。


(過去を映し出す幻術か!)


 それは記憶通りの、研鑽などない十代だったころのマーカスの環境と同じだった。


(どこの誰か知らねえが絶対にぶっ殺してやる!)


 辛く惨めだった少年期はマーカスにとって恥ずべき過去であり、それを映し出した術者への殺意が高まる。


 だが時間が経つにつれて首を傾げてしまう。


(おかしいぞ……仕掛けてこない。それに綻びもない)


 幻術とは時間が経つにつれて綻びが発生するものであり、それ単体では相手を殺せないものだ。しかし待っても待っても襲撃の兆候も、幻術が解ける気配もなかった。


 それは丸一日に経過しても同じだ。


(明らかにおかしい。一日も幻術が維持されるなんて不可能だ。なにか別の力か? こうなる前は確か……馬車と人間を吹き飛ばしたな。そいつがなにかの切っ掛けか? くそ。顔も知らないぞ)


 常識的にあり得ない状況に陥っているマーカスは、原因と思わしき人物について考えたが、虫けらの顔を態々観察しておらず途方に暮れた。


(それに食い物をなんとかしないと……力が使えたらこんなことには……!)


 更にマーカスの神経を逆撫でているのは、力を出せないせいで食べる物の確保もままならない有様なことだ。


 超人としての彼なら即座に欲しいものを手に入れることができただろうに、十代の頃にはそんな力がない。それどころか、貧弱な腕ではそこらのチンピラにだって負ける可能性があった。


 それから数日。


 なんとか生き延びていたマーカスは一つの推測を導き出す。


(まさか……過去に逆行したのか?)


 何かしらの能力と言うには、あまりにも記憶通りの故郷と周囲の環境に、マーカスは自分が過去に逆行したのではないかと考えたのだ。


(だがそんなことあり得るのか? 条件は何だった? なぜ? 理解ができない。そんな力なんて聞いたこともない)


 様々な特殊能力が蔓延する世界ではあるが、超人たちですらそんな力を行使しているだなんて聞いたことがないマーカスは、自分で導き出した推測なのに疑問が湧き出る。


(……今現在の謎を解消しながら力を取り戻す必要があるな。まあ効率は上がってるだろう)


 確固たる答えは分からなかったが、なにかをするにしても弱ければ話にならない。そして何も知らなかった頃に比べれば、効率よく鍛えることができるだろうと考えた。


 実際それは正しかった。


(あれから二十年。全く答えが分からねえ。殺した奴がなんらかの条件だったのか?)


 理解不能な現象から二十年。不可思議な体験をした歳と同じほどになっても、人生の二周目を体験しているかのような謎は解決できていなかった。


 しかし代わりと言っていいのかは分からないが、効率よく鍛えたマーカスは超人の末席には収まらない力を得ており、前回の環境よりも更に充実していた。


(まあお陰で手に入らない物はない)


 最も高価な酒も。最も美しい女も。溢れんばかりの富も。その全てを手に入れていた。


【死は終わりではない】


「あ?」


 ポカンとしたマーカスの手には何もない。


 最も高価な酒も。最も美しい女も。溢れんばかりの富も。何も。何も。何もない。


 路地裏に住む十五歳ほどの若造にそんなものがある筈がない。


「ど、どういうことだ? おい。ちょっとまてよ。な、なんでだ? なんで?」


 捨てられた汚物。腐敗した小動物。垂れ流される汚水。ゴミのように当たり前の人の死体。


 探せばいくらでもある貧民街の真っただ中にマーカスはいた。


「意味が分からねえ!」


 絶叫を上げようと現実は変わらない。


 彼が積み上げてきたものは全て消え去り、何もなかった時代が目の前にあった。


「落ち着け……なぜ? なんでだ? 殺した男は関係ないのか? 研究者に聞いてみるか?」


 再びの理解不能な現象に、マーカスは自分の推測が間違っていたのではと考える。だが現状で答えを見つけるのは不可能であり、高度な知識の持ち主が必要だと感じるに留まる。


 それから三十年。


 マーカスは無事三十代を越えて四十代となった。


(学ぶ必要はあったのか?)


 今のマーカスは贅沢とは程遠く、学者達の知識を吸収し、古代の図書館を巡り、様々な研究に触れた賢者だ。


 しかし現状への答えは見つからないのに四十代を迎え、自分は無駄な研究をしているのではないかと思い始めていた。


【死は終わりではない】


「は?」


 そんなことを思ったからだろうか。


 捨てられた汚物。腐敗した小動物。垂れ流される汚水。ゴミのように当たり前の人の死体。


 探せばいくらでもある貧民街の真っただ中にマーカスはいた。


「お、おかしいだろ! なんでだ!?」


 規則性のない事態にマーカスはただひたすら混乱して叫ぶが、今の彼は様々な知識に触れた賢者だ。


「ま、まさか……まさか!? そんなはずはない!」


 マーカスは最悪の想像をしてしまい、滝のような汗が流れだす。


 そんなことがあってはならない。絶対にあり得ない。だから大丈夫だと言い聞かせるものの、全身が大きく震え始める。


「一度あいつを殺したら、あいつがどこで死んでもやり直しなのか!?」


 その最悪の想像を口にしてしまう。


 突拍子のない妄想の類だ。しかし事実だとしたら人間の能力や神の権能ではなく、悍ましい呪いを受けていると言ってもいいだろう。


 どんなに上手く積み木を重ねても、どんなに立派に飾っても、どこかで男が死ぬ度にそれらが綺麗さっぱり消え去るなど単なる徒労だ。


「そんなことはあり得ない!」


 マーカスはその考えを否定する。強く強く否定する。


 それから二十年後。


「くそ……っ」


 マーカスは謎を解くために無茶をして死に瀕していた。


 忘れられた遺跡を発き、古代の知識ならば謎が解けるのではないかと思ったはいいが、想像を絶する防衛機構は超人であるマーカスすらも弾き返し、彼の命に届いたのだ。


「くそっ……!」


 悪態を吐くマーカスの声を聞き届ける者はおらず、命が尽きた彼の体は十年程の年月が経過すると【死は終わりではない】


「あ?」


 捨てられた汚物。腐敗した小動物。垂れ流される汚水。ゴミのように当たり前の人の死体。


 探せばいくらでもある貧民街の真っただ中にマーカスはいた。


「し、死んでもダメなのか!? どうなってんだああああああああああああああああああああああああ!」


 自分の命が尽きる時の冷たさを覚えているマーカスは、これ以上ない恐怖を感じたかのように叫ぶ。


「俺が、俺が死んだ後にあいつが死んだんだ! だから! だから!」


 そして更なる条件を導き出す。


 例え時間が巻き戻る前に死んだとしても、殺した男が死ねば時間が巻き起こる、と。


「どこだどこだ!? どこにいるんだ!?」


 なんらかの秘密を握っている筈の男を探す人生が始まった。


 不可能だ。


 顔も名前も知らない男をどうやって探し出すというのか。


 勿論、男を吹き飛ばした街道で探そうとしたが、相手も記憶を引き継いでいるのか現れなかった。


【死は終わりではない】【死は終わりではない】【死は終わりではない】

【死は終わりではない】【死は終わりではない】【死は終わりではない】

【死は終わりではない】【死は終わりではない】【死は終わりではない】

【死は終わりではない】【死は終わりではない】【死は終わりではない】


【ししししししはははははははははははおおおおおおおおおおおおおわわわわわわわわわわりりりりりりりりりでででででででででであははははははははははははははは!】


「分からない分からない分からない分からない」


 街には有名な変人がいた。


 それはマーカスと言う名の男で、一度も切ったことがないのではと思わせる長い髪と髭を持ち、これまた一度も風呂に入ったことがないのではと感じる悪臭を放っている。


 しかも目は血走って訳の分からないことばかりを呟くので、住人は関わりを避けて生活していた。


 その上、マーカスは声を掛けられても通常は気が付かず自分の考えに没頭するため、余計に人との関わりがなかった。


 通常は。


「あれ? お久しぶりです。直接お会いするのは初めてですね。えーっと、二千……何回か前に吹っ飛ばされた男です」


 人を落ち着かせるような柔らかい成人男性の声。微笑む表情。


 存在そのものがマーカスにとっての致命傷。


「ひっ!? ひっ!? ひあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 漢のなんのヒビもない魂の輝きを認識した瞬間、マーカスの精神は木っ端微塵に砕け散った。


「あらあ……昔話をしようと思っただけなのに……参ったな。また機会があればお会いしましょうか」


 それに対し男はぽりぽりと頬を掻くだけ。


 狂っていなければおかしいのに狂っていないのならばそれは狂っている。


 いてはならない精神の超越者。


 言葉通りの超人がそこにいた。



 後書き

 いろんな主人公がループで苦労してるんですから、敵も苦しんでもらわないといけませんよねえ!という発想の作品。

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