大馬傾奇〜バカが妖魔をシバき倒す〜

大和屋一翁

第1話

 雲一つ無い満点の星空。夏の到来を感じさせる蒸し暑い夜に、男達は刃物を担いで業務に勤しんでいた。


「班長! 腕切りました!」


「よっしゃ! 持てるんならそのまま担いで荷台に載せてこい!」


 頑丈な爬虫類の腕を切り落とし、解体道具であるチェーンソーを置いてから丸太のように太い腕を担ぎ上げて、そのままトラックの荷台に持っていく。


 ある程度血抜きはしてあるが、未だ抜けきれていない血がダラダラと切断面から零れ落ちていて、若干ではあるが服にやや紫に近い血が付着していた。


「よっ、と!」


 既にトラックの荷台には同じような腕や足、頭や尻尾が幾つも積まれていた。


 積んでいたのは、砂漠にいるようなトゲだらけの物騒なトカゲの死体。討滅部隊が討ち取った元はカナヘビか何かが妖魔に変異したものだ。


 自分が生まれるずっと前に、世界各地で神話やおとぎ話に出てくるような怪物が現れ始め、それから国際的な組織が立ち上がってこういった妖魔を討ち取るようになったのだと、昔見た歴史の教科書には書いてあった。


「おい、慶治! コイツの頭もそっちに放り込んどいてくれ!」


「りょーかいっす!」


 俺が妖魔の腕を放り込んでいる間に、トゲトゲしい頭がチェーンソーで思いっきりぶった斬られていたらしい。少し茶色がかった自前の髪から滴る汗を拭い取り、班長の指示に素直に従う。


 未だに断面から血を滴らせるその頭も両手で持ち上げると、服にトゲを引っ掛けないようにしながらポイッとトラックの荷台に投げ込む。


 この程度の妖魔の素材は割とありふれているので、それこそ多少雑に扱っても文句は言われない。


 そして、こうしている間にも四肢と尻尾、頭が無くなったトゲトカゲの身体が残すばかり。これも俺が担ぎ上げてトラックの上に載せておく。


「取り敢えず、今日はこんなもんだな!」


「つっても、暫くしたら追加来ますよね?」


「そりゃ当たり前だ! 流石にここまでデケェのが三匹ってのは早々無いだろうが、細々としたやつの回収くらいは起きると思った方がいいぞ!」


 班長は昔から契約主である『逢魔研究連盟』と馴染があるから、こういった作業の合間に話してくれる雑談がとても面白い。


 既にトラックはトゲトカゲの死体三匹分を載せて、ここ西海支部の研究所に運んでいった。俺達は次の仕事が上から来るまでここで現地の機材の後片付けだ。


「最近、ちょこちょこデカいの多くないッスか?」


「夏が来たって証拠だろうな。人もバケモンも、暑くなったら機嫌が悪くなるのは同じなんだろうよ」


 今の日本で妖魔の危険が無い場所というのは皆無に等しい。都心だろうと田舎だろうと、人の負の感情を元にして生まれる妖魔にとっては大差無い。


 暑くなればイライラした人の感情を元にして様々な妖魔が生まれる。勿論、イライラだけでなく下世話な感情や怠惰な感情でも、だ。


「ま、夏場は俺等の稼ぎ時だけどな!」


「何処もかしこも人手不足ですからね。妖魔の解体業者の旬はやっぱ夏ですよ!」


 班長の言葉に同意する先輩。夏場は妖魔の出現数が多いということで、研究連盟もその支部である研究所も人手不足に陥るのだ。


 何せ、凶暴な妖魔と戦えば負傷する隊員も出るし、妖魔の死体も処理しなければ新たな妖魔を生んだり他の妖魔を引き寄せてしまう。


 戦える人員は片っ端から遠征、遠征、遠征とアチラコチラを駆け回り、新人や雇われの業者は低級の妖魔の討滅まで任される。


 今のところは問題ないようだが、場合によっては俺達解体業者にも妖魔退治の協力要請が下りることだって有り得るのだ。


「先輩は妖魔退治の経験あるんすか?」


「お前が来る前の夏に散々やらされたよ。研究所曰くそこらのスズメバチとか凶暴な猫くらいなものだと思えばいいと言うけどなぁ……」


 低級の妖魔と言えど、その危険性は下手な野生動物よりも高い。専門にしてる人達ならそのように言えるのだろうが、常人からしたらスズメバチなど危険生物の代表例だ。


 実際にはスズメバチなどとは比較にならないほど危険な個体である事が多いと言うし、そもそも解体用のチェーンソーが武器も兼用してると言われて低級妖魔が弱いと言えるわけがない。


「ま、慶治なら大丈夫だろ。お前、その馬鹿力があって腕っぷしにも自信あんだろ?」


「まぁ、割とッスかね。それなりに喧嘩慣れはしてるんで」


「頼りになるねぇ〜。これで学歴があれば、研究所勤めも有り得たんだろうけどね」


 先輩の言う通り、かなりの重さがある妖魔の死体も持ち上げられる馬鹿力があるなら妖魔退治の仕事も普通なら出来たんだろう。


 ただ、こんな世の中でも『せめて高卒』というのは誰しも思うことらしく、中卒の俺は何処の企業も拾ってくれない。


 それこそ、こういった解体系の業種であっても大半は断られるレベルだ。今いる班長の会社だって、三ヶ月というこの夏の間の契約期間になっている。


 その期間が終われば俺はまた職探し。野宿には慣れてるから別にいいが、飯代やら何やらを稼がないといけないのがキツいところだ。


 と、そんな事を考えていると、班長の携帯から着信音が鳴り、そっと離れてから誰かと話し始める。でも、すぐに終わったのか少し苦笑気味にこちらに向き直って戻ってきた。


「お前ら、早速手伝い戦だぞ」


「班長、それって……」


「近くの市街地に狂骨が出たってよ。回収車も寄せとくから、全部砕いて回収しといてくれってさ」


 どうやら、話していた駆除依頼が早速こちらに回ってきたらしい。


 回ってくるのは素人でも新人でも勝てるような相手だと聞いているから、正直そこまで心配はしていないのだが、近くの市街地というのがどの辺りになるかが心配だった。


「近くの市街地って言いますけど、ここからどれくらいッスか?」


「……まぁ、軽く一時間ってとこだな。あぁ、勿論直線距離でってことでな?」




…………どうやら、とんでもない化け物と戦うような組織は距離感もおかしくなるらしい。


 ここから直線距離で一時間というのは、途中にある建物の屋根の上とかを通過しての時間だろう。


 だが、生憎とこちらにはそんな人外じみた動きが出来るような人がいない。オマケに道具を積んだトラックで行かなくてはならないので、途中の信号で絶対に時間を取られる。


 何よりウンザリなのはこのガタイ。縦にも横にも無駄にデカ過ぎるし、ほぼほぼ筋肉なので助手席にも乗れないのだ。


 だから、移動するとなると班長と先輩は運転席と助手席に乗り、俺は道具を積み込んだ荷台に乗る羽目になるのだが……



「……彼処に座ってっとケツ痛くなるんスよね」


「しゃーねーだろ。オメェのその身体で乗せれる車なんざ特注品でもねぇと無理だって」


「極力揺らさないようにはするけど、いざとなったら道具の保護も任せるよ」


「うぃ〜っス……」



 こうして、仕方無く俺は荷台の解体道具と一緒に揺られて、班長の運転するトラックで現地に向かうことになった。





――――あぁ、ケツがイテェなぁ……

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