52Hzの声 孤独の鯨と迷える羊
鯨。
第1話
今日も声は届いていない。人の声に埋もれ、波に飲まれ、世界で一番可哀想な私。
私の目に広がるのは1枚のクジラの画。
細かい粒子は光を反射し、その儚さを体現しているようだ。毎日毎日、仕事に行き、帰ってきては寝ての繰り返し。久々に美術館に入った時に一番最初に惹かれたクジラの画はとても気分が悪くなった。壮大な海にちっぽけな鯨。私の存在を写しているみたいだ。私は直ぐに美術館を出てしまった。普段は仕事のはずの土曜日をせっかく使ったのにと少し肩を落とす。
蝉の声が煩い。
いつからかそんなことを思うようになった。
少なくとも小さい頃は、木の声、虫の声に煩わしさなんて見出さなかった。
少しずつ着実に大人になっていく自分の感性に嫌気がさす。汚れていく感じがして気持ち悪いからだ。でも、もう26回目の夏。
周りは結婚し始め、年齢を突きつけられることに慣れてきてしまった。土曜日もまだ午前中だ。帰りは公園に寄ろうかな。
「今年も夏が暑すぎる。」毎年、例年の最高気温更新って言ってるのではないかと疑う。
18で上京してきて、都会の暑さに毎回の如くやられる。夏休みの期間なのに子供が一切居ない。こういう時は色々考え事をしてしまうから複雑な気分だ。さっきの鯨の画、自分の心境、心の奥底に沈んでいる"私は悪くない"というドロドロした黒い塊。
7年前、19歳になりたてで上京してから少し慣れた頃。私は未知の世界で遊び歩いていた。その日も一人で夜中に歩いていた。スマホには母からの心配のメッセージが50件以上溜まっていた。実家を離れてからずっと無視していた。仲が悪い訳では無いが楽しい時間に水を差されてるようで正直うんざりしていた。今日も送られてきたメッセージにいらいらしながらスマホを鞄にしまった時だ。"バンッ"と上から音が鳴ったのも束の間、私の春は8メートル上の建物の窓から薄桃色の花びらと共に落下してきたのだ。
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