第21話
「お。紗英は自炊派なのか。なにを作るの?」
自炊はするけれど、料理を自慢できるほどの腕前ではない。
ポテトをかじりながら、紗英はぼそぼそと呟く。
「肉じゃがとか、野菜炒めとか、カレーとか……ふつうです」
「へえ、すごいな。紗英の作った肉じゃが、食べたいな」
「……機会がありましたら、披露します」
会話していると相手の様々な部分を知ってしまい、未来のいろんな約束事ができてしまう。
約束してもいいのだろうか。
悠司とは、かりそめの恋人という覚束ない関係なのに。
悩んでいる紗英が無心にポテトをかじっていると、ちらりと悠司がこちらに目を向けた。
「ところで、俺もそのポテトが欲しいな」
「えっ」
「ほら、運転中だからさ。紗英が食べさせてよ」
「あっ、失礼しました。今、悠司さんの分を出しますね」
「いや、紗英の食べかけでいいんだ」
「え……そういうわけには……いきませんよ」
細いポテトの残りをつるりと食べた紗英は、もうひとつの袋を開けた。そこには温かいハンバーガーとポテトが入っている。とりあえず別の袋に入っていた冷たいコーラのドリンクカップを、ふたりの間にあるドリンクホルダーに入れる。
一本のポテトを摘まんだ紗英は、運転する悠司の口元に持っていった。
「どうぞ」
「いただきます」
もぐもぐとポテトを頬張った悠司は、頬を綻ばせる。
「コーラも飲みたいな。よろしく」
「はい」
ドリンクホルダーにあるので、片手で取れるかと思うが、悠司は甘えているのだろう。
紗英はドリンクカップを手にすると、ストローを悠司の口元に咥えさせた。
「うまい。次はハンバーガーを頼むよ。ソースが垂れたら、紗英が舐め取ってくれよな」
「ええ……?」
ということは悠司の口元にソースがついたら、舌で舐め取らなければならない。運転中なので危険だし、恥ずかしいので、それだけは避けたい。
紗英は慎重に包み袋を剥くと、悠司の口元に近づけた。彼は前方に目線を注ぎながら、器用にハンバーガーを食べていく。
――ほらね。悠司さんは私に甘えてる。だから私が勝負に負けることはないんだ。
今までの恋愛と同じ展開にはならないかもしれないけれど、悠司をクズ男にしないよう気をつけないと。
そう心に刻みながらも、紗英は彼の面倒を見るのが楽しかった。
ドライブしたふたりは、のどかな海辺に寄ると、浜を散策した。
夕食は悠司のおすすめだという鮨屋で、新鮮な雲丹やマグロなどの海の幸に舌鼓を打つ。
食後のお茶を飲んだ紗英は、ほうと息をついた。
「とっても美味しかった……。こんなに素敵なデートができて、本当に嬉しかったです」
今日一日、悠司と行動をともにしたわけだが、とても楽しくて、心が安らいだ。
きっと悠司のリードが上手だからだろう。
もう陽は沈んでいるので、あとは帰るだけだが、なんだか名残惜しい気もする。
ところが悠司は片目を瞑って、カウンターに並んで座っている紗英に言った。
「まだデートは終わってないよ。もう少しだけ、俺に付き合ってほしい」
「わかりました」
小首をかしげた紗英だったが、快く了承する。
紗英自身も、もう少し悠司と一緒にいたいと思っていたから。
でも、どこへ行くのだろう。
鮨屋を出たふたりは、再び車に乗り込む。
海沿いの道路から逸れて、車は小高い山のほうへ向かっていった。
ややあって、山の頂上へ辿り着く。
そこは夜景の見える公園だった。
「わあ……綺麗……」
車を降りてみると、眼下に広がる街の明かりが煌めいていた。
誰もいない公園には、静寂しかない。輝く街の明かりが、キラキラと音を奏でるようだ。
空を見上げると、大粒の星々が瞬いている。
光り輝く星の海と大地の明かりに包まれているみたいだった。
ふわりと紗英の肩を包んだ悠司は、静かに呟く。
「この景色を、見せたかった」
「素敵ですね……。心が洗われるみたいです」
ふたりはしばし無言で、煌めく夜景を眺めていた。
夜風が吹いてきて、紗英の長い髪をかき上げる。
「寒くない?」
「平気です」
紗英の顔を覗き込んだ悠司の双眸は、優しく細められていた。
チュ、と唇にくちづけられる。
驚いた紗英が目を瞬かせると、すぐに悠司の唇は離れていった。
「あ……悠司さん……」
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