11-3 清涼剤みたいなポジション

 スマホに着信があった。


 はい、わたしです。

 ええ、対象の一番は処理完了しましたが二番は未だです。

・・・・いえ・・・・はい、そうです。


 は?それは筋が違うでしょう。

 最優先で対処しなければ為らないのは一番の方であって、二番ではありません。

 それに不手際などと言われるのは心外です。

 わたしの役目は駆除であって、事後処理ではありません。

 連絡は滞りなく行ないました。

 対処班の到着が遅れた事の方が問題・・・・


 何故そういう話になるのですか。

 わたしの身体は一つしか在りません。

 同時に二つの案件を対処しろという方が問題でしょう。・・・・それはケースが違います。

 そもそも捕獲はわたしの仕事では・・・・特研が?

 香坂先生はなんとおっしゃってるんです。

 ほう、それはまた。

 わたしは黒部河先生の助手ではないし、部下でもないのですがね。


 ひとつ念を押しておきますが、わたしに課せられた役割はアレの排除と指示された区域の安定化です。

それ以上はあくまで余録、優先順位を覆すような指示は規約に抵触・・・・あっ、ちょっと待て。

 勝手に話を終わらせるな・・・・っクソ!

 また一方的に切りやがった。


 あ、何だよ、ほぼ真っ黒な毛むくじゃら。

 そんな目で見てんじゃない。

 エサはやっただろう、寝るなり散歩に出るなり好きにしな。

 外は雨だ?

 知ったことか、この前も大荒れの天気を理由にサボりやがって。

 あたし一人ズブ濡れでバカみたいじゃないか。


 止め止め、もう今夜は飲んで寝る。

 捜索?知ったことか、一番の仕事はカタが付いたんだ。

 被害者が増えることはもうない。

 ソレにヤツだってこんな雨の日はお休みだよ。

 そもそも雨で臭いが流れて痕跡もへったくれも無いじゃないか。


 むくれてスマホの電源を切ると、ビールとつまみの詰まっている冷蔵庫に向った。




 暗い木陰の中でわたしはうずくまっていた。


 わたしはこんな所で何をやっているのだろう。

 何故にこんな事に為ったのだろう。

 どうして訳も分からないまま、得体の知れないヤツに追い回されたなければ為らないのか。


 家に帰りたいと思った。

 帰ってご飯を食べてお風呂に入って、いつもみたいにベッドの上に寝転がって、スマホで莫迦みたいな動画とかSNSだとかコンテンツだとかチェックしながらダラダラして過ごしたかった。


 だと言うのにどうして今、こんな真っ暗で寒い公園の植え込みの陰で、小さくなって震えて居なきゃならないんだろう。


 父さんと母さんはどうしているだろう。

 お姉ちゃんたちはもう眠っただろうか。

 もしかするとみんなでわたしを心配して、今も辺りを探しているのかも知れない。


 わたしは此処に居るよ、と言って飛び出して行きたかった。

 こんな風を遮る物も無い場所で凍えて震えてなんて居たくなかった。

 お腹も減ったし乾いた服が恋しかったし、何と言っても熱いお風呂に入って暖かい毛布に包まってグッスリと眠りたかった。


 でも、怖くて出来ない。

 足がすくんで此処から出て行けない。

 家に戻っても本当に父や母や姉たちが、其処で待っていてくれて居るのかどうか、それを確かめる事が出来なかった。

 あの日あの時あの夜、目の前に拡がっていた光景を信じることが出来なかったからだ。


 あんなコトが在る筈ないと、在ってたまるかと思って自分の家に戻ることが出来ずに居た。

 何度警察に駆け込もうかと思った。

 何度も助けてと、お巡りさんに救いを求めようとした。


 でもダメだった。

 アイツが、アイツがお巡りさんやその回りに居た人達と話している姿を見てしまったからだ。


 アイツは警察の仲間なのだろうか。


 警察がグルなのだろうか。


 だとしたらわたしは誰に助けを求めたら良い?


 血まみれのわたしの家の中で、大きな刃物を持って突っ立っていたあの少女。

 わたしの通う学校の制服を着て全身ずぶ濡れになって、雨のしずくを滴らせながら、リビングの真ん中で倒れていたわたしの家族を見下ろしていたアイツ。


 ドアの陰で小さく息を呑んだ途端アイツは振り返り、そして目が合った。

 見つかったと思った。

 そしてわたしは一目散に家から逃げ出したのだ。

 反射的だった。

 アイツに関わり合いになってはダメだ、殺されると思った。

 心底血の気が引いた。


 そして冬とは思えぬ豪雨の中へ、靴を履く暇もないまま真っ暗な夜道を駆け出したのだ。


 リビングで倒れていたのはわたしの家族だった、はず。

 無事であって欲しいと強く願うと同時に、スマホすら持っていない自分が非道く心細く、そして腹立たしかった。




 聞き込みの合間、クルマの中でハンドルを握る小暮に「アレはもう見たのか」と聞かれ「未だです」と猿渡は答えた。


「俺はデジカメ持ってませんので、今日にでも買っておこうかと」


「まぁソレで見るのが一番手堅いな。だが無駄遣いするな。俺の娘が要らなくなったと放り出したヤツがある。それを明日持ってこよう」


「何故今この段になって見せたがるんです。今までただ、忘れろ、干渉するなの一点張りだったというのに」


「知らないならそれが一番イイと、そう思って居たからだ。だがやはりどうにもオマエは我慢が出来んようだ。仕事に差し障りがあっても困る」


「任された仕事を疎かにするつもりはありませんよ」


「されてたまるか。そして趣味や感情で引っかき回すのもやめてくれ」


 そして「まぁ確かに」と付け加えて茶化すのだ。


「ドラマの中などでは、手柄にく若い刑事は良く出て来る。

 大抵は勇み足でポカをやらかし、皆の足を引っ張ったり、状況を複雑にしたりと『血気にはやる粗忽者』というのが定番の役割だ」


「ソコまで考え無しじゃないです」


「昨日のアレが在った後じゃあ説得力に欠けるな。

 それにそういった役柄は他者の共感を得やすく、代弁者であったりもする。

 危なっかしくて目が離せんが、一種の清涼剤みたいなポジションだな」


 憮然とする猿渡であったが、年配の刑事は横顔で笑むばかりであった。

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