遠征先情報
マリクが「たらふく風魔法食えるぞー。城の研究者が集めた風の魔石もあるぞー」と言うとアウモは満面の笑顔でマリクに飛びついた。
ずいぶん距離を飛んだな、と思ったら背中に妖精翼が生えて消える瞬間を見てしまう。
そんな、羽まで生やして……。
呆気に取られていると、マリクに手でペッペッと食堂に促された。
一度エリウスと顔を見合わせてから、食堂に向かう。
まあ、あの様子なら少しくらい俺たちが離れても大丈夫だろう。
食堂からはいい匂いが漂ってくる。
ああ、なんか久しぶりに人が作ったものを食べられるな〜、なんて思ってしまう。
エリウスの家で食べた料理は貴族向けすぎて味とかあんまり覚えてないもんなぁ。
「しかし、人が少ないな」
「おはよう、フェリツェ、エリウス。珍しいな、お前らが朝、食堂に来るなんて。あの竜の子は一緒じゃないのか? あの子が大食いになったと聞いたから、町中の食糧買い込んでおいたんだぜ? 城からも食糧供給されたしな」
「マジか」
食堂のおっちゃんがメニューを指差しながら後ろの食糧庫を指差す。
国としてはやはり妖精竜を国の味方として無事に成長させたい――という思惑があるのだ。
昨日風の魔力を求めて癇癪を起こしたりしているが、今のところ被害は騎士舎の訓練所の地面くらいだからなー。
これ以上の被害を出さないためにわざわざ食糧をかき集めて、食堂に届けてくれたってことなのか?
「お国としても妖精竜様には無事に育っていただきたい……っつーか、妖精竜に恩を売っておきたいんだろう。さすがに国が傾く勢いで食い尽くされたら、そりゃあ考えるだろうけれど……魔術師団も積極的に協力してくれているだろう? お前一人で背負い込めるもんじゃねぇんだから、頼れるところは全部頼れよな」
「おっさん……」
「ってわけでなにを食う? 遠征の準備も今日中に終わりそうなんだろ? 明日には弁当たらふく持たせてやるから、リクエストは今のうちに頼むぜ」
「え……? 遠征準備、今日終わりそうなのか!?」
早すぎない?
本気で驚いて聞き返したが、おっさんは「お前さんが毎日在庫の確認や手入れや補充をしてたおかげで、足りないものの取り寄せがスムーズだったらしいぜ」とのこと。
「フェリツェの日頃の行いのおかげだね」
「な、なんか恥ずかしいな……それでも、すぐに取り寄せられるなんて難しいものもあると思うんだけど」
「そこは妖精竜様のためっていう大義名分があるからな。多少の無茶は通るんだろうさ。……それに……元々遠征に行く予定だった地域に、ゾンビドラゴンが確認されたそうだぜ」
「「ゾンビドラゴン!?」」
エリウスと顔を見合わせる。
ゾンビドラゴンといえば数百年に一度現れる、超大型、危険度一級に部類される冥界より出し怪物。
通常の魔物の数千体分の強さを誇り、また通常の魔物とは違い厄災以外のなにも残さない。
素材はもちろん取れないし、大地を腐敗させ他の魔物を取り込んで周囲の魔物という資源を消失させる。
冥界と現世の狭間の魂の穢れと記憶を大量に取り込むのが目的らしく、怪物が現れたあとしばらくは魔物が生まれてくることもない。
魔物で生計を立てるこの世界で、魔物を生まれてこなくさせる怪物はまさしく厄介者。
確かにあのあたりは最近魔物が増えていたけれど……まさかゾンビドラゴン誕生の前兆だったのか?
「そんな大物が出てくるなんて……。いつわかったんだ?」
「一週間前に、あの付近を狩場にしていた冒険者が遭遇して、担当の冒険者協会総出で調べてまず間違いないものとして今朝方城に報告書が届いたそうだ。近く遠征予定とはいえ、妖精竜の子のことで遠征準備に入っていたのがなんつぅか、タイミングがぴったりだよな」
「ゾンビドラゴンを冒険者だけで倒すのは不可能だから、確かにちょうどいいけど……」
とはいえゾンビドラゴン!
強いし、腐ってるし、さすがのアウモも食べないだろそんなの。
今回の目的はアウモの食糧調達のつもりだったのに……なんてこった!
「まあ、そんなわけで食糧はいつもの倍、納入されてきている。準備は今夜には終わるはず。ゾンビドラゴンのことは気がかりだが、概ねなにも予定に狂いはなさそうだろ」
「確かに。だが、それならば先遣隊が組まれてもよさそうなものだけれど」
「それが奇妙なことに、そのゾンビドラゴンはクトの森から出ようとしないらしい。だがそのせいで、森は土地も木々も生き物もどんどん腐っていっているとか」
「そんな……! 腐食が進みすぎて、元に戻らなくなるぞ!?」
「ああ、だから一刻も早い討伐と浄化が必要なんだろう。聖女様にも浄化のために声がかかっているとか。お前らに同行するかどうかは、わからないけどな。まあ、詳しい話は今日、騎士団長が聞かされるはずだ。俺が知っているのはあくまで噂だからな」
で、なに食うよ、と話をさらりと変えられる。
エリウスと顔を見合わせてから、ローストボア丼を注文した。
ここでしか食べられないからな。
それはそれとして、聖女って確か王子殿下の婚約者候補だがなんだかの冥府の女神ルラバイの加護を受けた女性だっけ。
浄化の力を持っているのか?
「はいよ、ローストボア丼二つ」
「ありがとう」
二人でトレイを持って、テーブルに着く。
無言で食べているが、ふと、訓練場の方から爆音のようなものが聞こえてきた。
思わず振り返る。
「……まあ……その……風魔法を使っているんじゃないかな」
「な、なるほど?」
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