アウモの変化(5)
逃げて、と言いかけたが、アウモは普通にフェリツェの胸に飛びつく。
これほど訓練所の地面を大きくひび割れさせたのに、フェリツェの胸に飛びつくとただの幼児のように擦り付いて甘え始めた。
沈黙が流れる。
「ち、力の制御が……できている、のか?」
「フェリツェ、大丈夫?」
「う、うん。いつものアウモ……だけれど……」
フェリツェが言葉を濁すのも無理ない。
アウモのお腹がぐうぐうと鳴り続けているからだ。
今は大人しくフェリツェに甘えているが、フェリツェが食糧を用意できないとわかればまた癇癪を起して暴れ出すかもしれない。
そうなれば、魔力を持たないフェリツェなどひとたまりもない。
駆け寄って騎士団長の方を見ると、難しい顔をしていた団長が「遠征を早めるしかなさそうだな」を険しい表情でアウモを見下ろす。
風の魔法を使う者にも魔力の限界がある。
「フェリツェ、今夜と明日の朝は俺の魔力を風属性に変換して与えよう。限界まで頑張らせられる?」
「やってみる」
「ともかく落ち着ける場所に連れて行く方がいい。フェリツェ、今日はもう塔に戻って、アウモの様子を見てくれ。お前の近くならばどうやら暴れないようだしな」
「わ、わかりました」
「こちらもすぐに遠征の準備を開始する。それでも、すべての準備が整うのに三日はかかるだろう。それまで……おさえられるか?」
「――やります」
団長直々にそんなことを言われて、「できません」なんて言えるわけがない。
フェリツェの返答を聞いてすぐに、団長は強く頷いてから集まっていた騎士たちへ「聞いたな!? 遠征の準備を今すぐに開始する!」と指示を始めた。
本来二週間くらいかけてゆっくりと行う遠征の準備だが、フェリツェが「あ、団長。これをお使いください」と在庫や手入れの終わっている武具詳細、修理の必要な物のリストが書かれた、テントの収納場所や個数などを書類を手渡す。
アウモを連れていても、フェリツェは日課を欠かしていなかったのだ。
「おお、これは……さすがフェリツェだな。ああ、これがあればスムーズに準備ができそうだ」
「は、はい。ですが、あの、俺、肝心な時にお力になれず――」
「なぁに、気にすることはない。むしろ、アウモが癇癪で大暴れされる方が、なぁ!」
隠しもしないのが団長のいいところだと思うが……。
まあ、フェリツェがクスッとしたからいいけれど。
「行こう、フェリツェ」
「え、エリウス、一緒に来てくれるの?」
「うん。いつ限界に来るかわからないだろう? 最悪、俺が風の魔法を食べさせるから。いいですよね、団長」
「……そうか。そうだな。エリウスの先祖返りスキルは高純度魔力か。しかも、属性を自在に選択できる。エリウスが一緒にいれば、百人分の風魔力を食べさせられる――か! よし、エリウス、もしもの時には頼むぞ」
「はい!」
「あ……ありがとう、エリウス」
いや、もっと早く対応できればよかった。
俺の受け継いだかつてのハイエルフの能力は、通常のエルフよりも豊富の魔力と一眠りすれば全回復する魔力回復能力、すべての属性魔力を使える。
俺なら――俺なら、しばらくアウモを抑えられる……かも!
「とはいえ、今日一日のアウモを見ていると俺が側にいても永遠には無理、です」
「わかっている。だからそこマリクの案を採用するのだ。とにかく、フェリツェの管理のおかげで遠征準備はスムーズにできるはずだから、お前はアウモとフェリツェを守れ」
「できるだけ……本当に、早めにお願いしますよ」
と、言ってフェリツェの肩を抱いて見張り塔に戻る。
アウモはフェリツェの胸に顔を押しつけて、お腹をぐうぐう鳴らしながら「うーうー」言っていた。
相当に空腹のひもじさを我慢しているのだろうな。
「ほらー、アウモ。お家帰ってきたよ。ベッドでねんねする?」
「うー……うーー……」
「お腹空いたの。……ううん……そう……だよね……困ったね」
ベッドに座らせたアウモは、顔を涙でべしょべしょにしていた。
ああ、幼い子のこんな表情、胸が本当に痛む。
たくさん、お腹いっぱい食べさせることができたなら……。
けれど、それも難しい。
現段階で風の魔石の在庫なんて騎士団にも城にもない。
なんなら風魔法の魔術師も魔力切れ。
今夜一晩と明日の朝、俺が風魔力を食べさせて、明日魔力回復した魔術師に風魔法を食べさせる……という協力体制を構築しても、この食欲を思うと難しいだろうし……。
「お夕飯の時間まで我慢できる?」
「うううー」
「我慢難しいか……。エリウス、半分くらい、食べさせてあげられないかな?」
「うん、そうだね。じゃあ、隣に失礼。フェリツェ、アウモを抱えていてね」
「わかった。……ごめん……ありがとう……」
隣に座る。
アウモの頭を撫でながら、フェリツェが目を伏せた。
泣いているアウモに負けないくらい、フェリツェも泣きそう。
きっと自分の魔力を感じて、苦しんでいる。
真面目で誠実で責任感の強い……幼い頃から、下の子たちの面倒をよく見る面倒見のいい優しい人だったから。
「少しずつだよ」
「ぱう? ……ぱぁあう!」
指先をアウモの口の近くに持っていく。
魔法陣をアウモの口の前で展開して、竈の火を大きくする程度のその風魔法――これは生活魔法だ――を与える。
風魔力に反応したアウモが、涙に濡れていた瞳を大きく、嬉しそうに見開いて俺の指に食いついた。
僅かな魔力をチュウチュウ吸う姿は可愛いが、これを長時間続けたら俺の指先がなくなりそうだな、と半笑いになる。
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