題未定 #1

Kurui

【1】プロローグ

 四年前。十一歳の頃の話だが、俺は化物に喰われた。


 大人の背丈の三倍から四倍ほどの、ヘドロの山が実は化物だったなんて、当時の俺は認識する間もなく、いとも簡単に喰われた。


 そこから先の記憶は欠けている。咀嚼されたのかも、消化されたのかも、吸収されたのかも、何も覚えていない。気が付けば眠っていた。自室のベッドに。



 この世界には変なしきたりがある。


『夜の八時から夜明けまでは、外出してはいけない』『夜の八時までに、家の戸、窓をすべて閉めて、錠をし、シャッターについても必ず下ろす』『謎の光沢がある石を家の中心に置く』


 両親も、学校の先生も、教育テレビも、「外に化物がいるから」と、荒唐無稽な言い草で、夜八時以降の外出禁止を押し通す。驚くべきことに、小学校の同級生すら、この話題になると有り余った好奇心を捨てて、機械じみた首肯をするのだから、子供にだけは、暗示か何か、得体の知れないものが掛けられているのかもしれない。化物に喰われるまでは、俺だって皆と同じく機械だったのだから。


 しかし十一歳の夏、不意に目が覚めて、目覚まし時計は丑三つ時を指し示していたにも拘らず、シャッターの向こうがやけに騒がしいことを感じ取った。自室のベッドから一人、誰もいないはずの外に違和感を覚え、俺は取り憑かれたように——全くのところ取り憑かれていたのだけど——シャッターを開け放った。ベランダにも飛び出して、二階から、奴の黒く空洞化した眼を認識した途端、俺はベランダから身投げしていて、奴は敷地外から触手を伸ばしてきていて、まあ、そのまま喰われたわけだ。


『なるほどね~』


 そして今更、『なるほどね~』などと抜かしやがった此奴こいつこそが、あの時の化物もとい『悪魔』だったりする。奴は『レモン』などと名乗っており、今現在も俺の心に巣喰っている。思春期の俺の心が、すべて筒抜けなのだ。対して、奴の腹積もりが俺には解らない。『言うこと聞いてくれないと、すぐに君の身体を乗っ取るからね~』と、ナチュラルに脅迫もしており、俺の人生は此奴のせいで詰みも同然だ。


『ひどっ』


 被害者面をする奴だが、『催眠』能力に長けているらしく、もうロクでもない奴であることだけは言い切れる。『外の警邏隊が五月蠅うるさいからさあ~、君が死ぬまで潜伏させて!』などと調子のいい理由で俺を選んだこと、いつか絶対に後悔させてやる。

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