返品神子が龍の寵愛を受けるまで

平加多 璃

序章 神子、返品される

第1話

 チチ、チチ、とさえずりながら、朝陽の中、小鳥達が舞い降りる。ブナやケヤキの木立の中を踊るように、千歳ちとせの元までやってくる。

「おはよう、お前達。いつも早いな」

 千歳は腕を高く掲げ、彼らの止まり木となってやる。すると数羽がそこに降り、残りの数羽は千歳の肩や頭の上に着地した。そうして賑やかに喋り出すのに、千歳はくすくすと笑って頷いてやる。

「そうかそうか、皆ご機嫌で何よりだな。わかるぞ、日に日に春の陽気に近付いてきたからな、自然と気持ちが浮き立つのだろう?」

 千歳がそう尋ねると、小鳥達は一層楽し気に歌い出した。千歳は彼らの声が好きだ。この明るい囀りを聞いていると、今夜を思っての緊張が解れていく。何も悪い事は起きないと、そう信じられるような気がしてくる……

 と、ご機嫌だった小鳥達が、突如口を閉ざし一斉に背後を振り返った。彼らの視線の先を千歳も追うと、ガサガサと草木を掻き分け、一人の男が現れる。

「千歳様、こちらにいらっしゃいましたか! 御姿が見えなかったので、捜しましたぞ……」

 白くなった髪を髷に結ったその男に、千歳は大きな瞳を柔和に細め、「平蔵へいぞう」と微笑み掛けた。

「それは済まなかった。いや、起きてみたら余りに天気が良いのでな、少し歩きたくなったのだ……ああお前達、警戒しなくても良い。平蔵は悪い奴ではないのだから」

 千歳は硬くなった小鳥達にそう声を掛けてやる。すると彼らは首を傾げて見上げてくるので、それにこくりと頷いてやると、少しずつお喋りが再開された。林の中に、華やかな賑わいが戻って来る。

 そんな様子を眺めていた平蔵は、はぁーと感嘆の息を吐いた。

「いやいや……相も変わらず、千歳様は素晴らしい御方ですな。野生の鳥までもそんな風に手懐けてしまわれるとは……これも神気の強さ故のものでしょうか……」

「どうだかなぁ。いつも私が食べ物をやるから、それを期待して集まってくるだけかもしれないぞ」

「いえいえ! 餌ならば我々屋敷仕えの者もよくやっておりますが、その様に鳥達が集まってくる事などございませんよ。やはり千歳様の清らかさがあってこそ……千歳様のような神子様みこさまが居てくださって、我が水守村みなかみむらは安泰です! 思えば千歳様はまだほんの幼子の頃から特別で――」

 と、平蔵は昔を懐かしむような目をして言い出した。

――あ、これは、長くなる……

 そう察知した千歳は素早く鳥達を天に放ち、自らの腹を摩ってみせる。

「平蔵、平蔵。話を遮って済まないが、私はまだ目覚めてから何も口にしていないのだ。屋敷に戻って朝餉の準備を頼めるか?」

「あ……あぁはいはい、勿論でございます!」

 平蔵は喉元まで出掛かっていただろう千歳への礼賛らいさんを飲み込むと、自らの仕事へと即座に意識を切り替えた。今日の朝餉には新鮮な鮎が出るとか、村人から献上された春の菜を和え物にしたのだとか、そんな事を誇らしげに話しながら、屋敷への道を辿り出す。

 その後に続きつつ、千歳は苦笑し頬を掻いた。勿論、平蔵が褒めてくれるのは有難い。大事に思ってくれているのもわかっている、が、彼の千歳への思い入れは些か強過ぎるきらいがあった……いや、それは平蔵に限った話ではないのだが。

 何せこの水守村の人々は、千歳という存在を、心の底から崇めているのだ。

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