第27話 通じ合う想い
状況を把握できていないシャロンのそんな様子にジークハルトは頬を掻いた。
「シャロンと一緒にいると嫌なことを忘れられる」
里の落ち着いた雰囲気には慣れないが、シャロンと一緒にいるとそれも気にならなくなって逃げていたことも忘れられた。訳を話さない自分を受け止めてくれて、なんでもないように接してくれる。それだけでなく気遣ってくれて、自分に合わせてくれいることが安心できた。
素直に気持ちを伝えてくれることも、それでも文句を言うことはない。その優しさが嬉しかったのだとジークハルトは話す。
「その優しさに俺は甘えていた」
シャロンのその優しさに甘えている自分に気づいたとジークハルトは「すまない」と謝罪した。優しさに甘えてばかりで自分の気持ちと向き合っていなかったと話す彼に、シャロンは少しずつ冷静さを取り戻していく。
ジークハルトは言う、一緒にいたいのだと。それはどういう意味なのだろうかと頭が理解しようとした時、その言葉は降ってきた。
「好きだ、シャロン」
そっと手を握られて告げられる言葉が頭に木霊する。シャロンは目を開いて固まってしまっていた、信じられなかったから。
これは夢だろうかとシャロンが現実逃避をしていると、ジークハルトがもう一度「好きだ」と言った。二度目の告白にシャロンは現実だと受け入れざるおえなくて、「はえっ!」と呆けた声を上げてしまう。
「は、え! えぇ!」
「いきなりですまないが、これは俺の本心だ」
「ど、どどどうして」
「シャロンの人柄もだが、その……笑顔が好きだ」
何の曇りもない素直な笑顔が好きだと思った。可愛らして胸に残って、思い出せばまた見てみたいと。傍に居て、自分だけにその笑みをみせてくれたらと考えるようになったのだとジークハルトは嘘なく答える。
そんなことでと思わなくもなかったが、自分自身もジークハルトの微笑む表情は好きだったので同じだとシャロンは気づく。彼はなんとも恥ずかしげにしているけれど、視線を逸らすことなくはっきりと口にしていた。
それはきっとジークハルトの真剣な想いからできることだと理解して――シャロンはぼろぼろと涙を流す。
嬉しかったのだ、こんな自分を好きだと言ってくれたことが。傍に居てほしい、一緒にいたいと思ってくれたことが嬉しくて、シャロンは泣き出してしまう。そんな彼女にジークハルトは困惑しているようだ。自分のせいで泣かせたのかと慌てている姿にシャロンは「違うんです」と潤む声で言った。
「ジーク、さんは悪くなくて……その、う、嬉しくて……」
ぐずぐずと泣きながらシャロンは「嬉しかったのだ」と告げる。
「わ、私、ジークさんと、まだ一緒にっいたくて……でも、迷惑かけたくなくて……だって、ジークさんは逃げてきただけだし……」
ただ、逃げてきただけで仕方なく婿候補になっただけなのだとシャロンは思っていた。だから、そうやって自分を好きになってくれたことが嬉しかったのだ。そう伝えれば、ジークハルトは不安に思わせてしまっていたことに対して、「すまなかった」と謝る。
「確かに最初はそうだった。どうしたものかと考えていたこともあるけれど、シャロンに惹かれていた」
いつか出ていかなければならないと最初は考えていたけれど、シャロンと接するうちにそれがだんだんと変化していった。ずっと一緒にいたいなと、そうやって惹かれていく自分に最近になって気づいたのだとジークハルトは言う。
「このまま何も話さずに想いを告げるのが失礼なことも分かっている」
「で、でも……」
「シャロン、俺はジークハルト・ヴァン・アーべライン。アルベシュト国、第三王子だ」
告げられた言葉にシャロンは固まる。彼は今、「アルベシュト国第三王子」と言わなかったか。頭の中にある知識ではアルベシュト国には三人の王子と一人の姫がいるはずで、ジークハルトはその三番目の王子と言っているのだ。
そう理解して「はぁっ!」とシャロンはまた声を上げた、驚きすぎて涙も引っ込んでしまう。何故にとジークハルトを見つめれば「王位継承権で揉めてな」と訳を話し始めた。
父がだいぶ年を取ってそろそろ王位継承権を渡す王子を決めるという話が出た。そこで最初に声を上げたのは第一王子のフィルクスで自分が相応しいと主張した、そこまではよかった。
長男である彼がなるというのは問題ないのだが、それに異を唱えたのが第二王子のハーラルトだった。彼は自分のほうが相応しいのだと反論し、兄と揉めることになる。
もちろん、ジークハルトにも権利はあるのだが自分は継ぐつもりはないと、王位継承権争いから離脱することを二人に伝えたのだという。
自分が上に立つほどの器がないのは己自身が良く知っているので、そう言ったのだが自分にも付き従う派閥というのがあるのを知った。第三王子のジークハルトこそが王に相応しいと持ち上げる者が現れて、自分の意思とは反して三つ巴の争いなってしまったのだ。
何度も王になる気はない、権利など放棄すると言っても聞く耳を持ってくれず。兄二人からは敵視されて王宮には居場所がないそんな生活が嫌になった。だから、「俺は王位継承権争いから降りる! 此処からも出ていく!」と宣言して王都を飛び出したのだ。
ジークハルトは「黙っていてすまない」と謝るとシャロンの肩を掴んで俯いた。
「こんな面倒くさい事情を持っている男など嫌かもしれない。でも、俺にはシャロンしかいなんだ……」
こんな自分を優しく受け止めてくれたのはシャロンしかいなかった。吐き出される言葉にシャロンは彼の頭を見つめる。話を聞いてそういえば、商人がそんな話をしていたなと思い出した。あれはジークハルトのことだったのかと一人、納得してからシャロンは彼の頭を抱いた。
優しく包み込むようにぽんぽんと頭を撫でながらシャロンは「大変でしたね」と労う。
「大丈夫ですよ。例え王子様でもジークさんには変わりはないでしょ?」
家柄など地位などそんなものは関係ない。ジークハルトはジークハルトで、シャロンからしたら優しくて頼れる存在なのだ。そうやってシャロンは彼の頭を抱くのを止めて「嫌だなんて思ってないですよ」と微笑んだ。
ゆっくりと頭を上げるジークハルトの表情は少しばかり情けなかったけれど、そうなってしまうのも無理はないよなとシャロンは思う。好きだという存在に全てを話して、そうして嫌がられるかもしれない不安を抱いていたのだから。
涙に濡れる頬も潤む瞳も感じさせない朗らかな笑みにジークハルトは目を開いて、ゆっくりと細める――シャロンを抱きしめた。
「傍に居させてくれ、シャロン」
「一緒にいましょう、ジークさん」
シャロンが明るく返事を返せばジークハルトは抱きしめる力を強めて頷く。その温もりを感じながらシャロンは彼を抱き返して、安心させるように「此処にいますよ」と囁いた。
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