第五章:ハルピュイアの結婚式
第17話 ハルピュイアの里が一番、忙しくなる行事
その日、ハルピュイアの里は騒がしがった。理由は婿探しの儀から帰還したハルピュイアがいたからだ。彼女は一人の男を連れてやってきた、黒い鳥の獣人で彼は里の様子に驚いた様子だった。
長である三姉妹が二人から話を聞いて正式に夫婦として認められ、黒い鳥の獣人は里に迎えられたのである。
こうなるとハルピュイアの里は忙しくなる。ハルピュイアの婿探しの儀から戻ってきて、正式に夫婦と認められ里に住まうとなった時、それを祝う祝儀があるのだ。結婚式のようなもので里総出で準備をして結婚を祝うことになっている。
その儀のために獲物を仕留め、皆に振る舞う料理を里のハルピュイアたちが作る。妻であるハルピュイアの花嫁衣装は代々長たちに指名されたハルピュイアたちが縫うことになっていた。基本的に未婚でまだ婿探しに行けない者が対象にされる。
それは夫婦となったハルピュイアから幸せを分け与えられるとされているのと、次に夫婦となるのは自分たちの番であるという意味合いもあった。
ハルピュイアが縫う花嫁衣装というのは民族的ではあるものの、とても繊細で美しいとシャロンの記憶の中にもある。
衣装の色はそれぞれで、花嫁に似合う色が選ばれるのだが今回は薄いピンク色の生地が選ばれていた。それは彼女の淡いピンクがかった髪にちなんでのものだった。婿探しに行けないハルピュイアの少女たちは、布や装飾品を片手に花嫁衣装を作っている。
こんなふうに、いやこうも良いと相談しながら縫っている様子にシャロンは楽しそうだなと思った。
シャロンは広場の飾り付けの手伝いをしていた。花々で飾られていく広場の中心には木でできたテーブルが並べられているが、祝儀は花嫁衣装ができた日に行われるのでもう少し先になる。
ハルピュイアの花嫁衣装はゆっくりと時間をかけて丁寧に縫われて完成するため、そう簡単にはできず、早くとも十四日はかかる。布から織るわけではないのでまだ時間はかからない方だが、昔はそこから始めていたという話を聞いたことがあった。
今は商人との交渉で布が手に入りやすくなったことから時間が短縮されたようで、多少は便利になったらしい。
「そういえば、カノアの時って花嫁衣装は緑だったよね?」
「そうよ。とっても可愛らしい花嫁衣装だったわ!」
一緒に準備をしていたカノアはシャロンの問いににこにこしながら答えた。彼女の花嫁衣装はエメラルドのように鮮やかな緑の布と、それに合うように白いレースと金の装飾がたくさん施されていた。
ふわりと長いスカートが膨らんでおり、胸から腰のラインが綺麗に見えて、とても可愛らしいながらに美しさを併せ持っている衣装だ。
ハルピュイアは腕が翼になっているので袖がない衣装だ。それでもその翼がまるで衣装を引き立てる装飾のように煌めいて見えるほどに違和感がない仕上がりとなっている。
「花嫁衣装ってさ、確か死んだ時も着るんだっけ?」
「そうよ。花嫁衣装であって旅立ちの衣装でもあるのよ」
この里では花嫁衣装は死後への旅立ちの衣装でもあった。ハルピュイアが死んだ時、花嫁衣装として与えられた衣を見に纏って埋葬される。それは旅立つ時も幸せに、綺麗な姿で旅立つためで、いつまでも夫婦で共にあり続けるという意味合いも込められている。
前世ならば不謹慎だと顔を顰められる行為だからだろうか、その記憶があるからシャロンは不思議だなと思った。
「まー、これって種族や里とか地域によって違うみたいだけどね」
「そうだよね、やっぱり」
「まぁ、想いの詰まった衣装だからさ。それだけ大事ってことなわけよ」
「だから、縫い子たちが頑張ってるんだもんね」
張り切っている縫い子のハルピュイアたちをシャロンは眺める。今日は外の日差しの元、身体に合わせるために花嫁であるハルピュイアが試着していて太陽に照らされて金と銀の装飾が煌めいている。
花嫁のハルピュイアは嬉しそうにはにかみながら、ドレスの裾を持ってくるりと回っていた。きらりきらりと宝石のように輝いて、周囲を照らす彼女の様子にシャロンはなんだが羨ましい気持ちを抱く。
あんなにも幸せそうで、美しくて、なんて羨ましいのだろうか。彼女を祝福する気持ちもあるけれど、そう思ってしまう感情もあってシャロンは溜息をついた。
ウェディングドレスなど別に興味などなかったけれど、こうやって間近で見ていると自分も着てみたいなと思ってしまう。
「いいなーって思ってるでしょ」
「……別にー」
「シャロンって嘘下手よねぇ」
カノアにそう言われてシャロンは眉を下げた。嘘が下手かと言われると上手いとは思えない。こうやって見破られているのだから下手なのだろうと、シャロンは言い返すことができずに黙って彼女を見つめる。
「ほら、シャロンだっていつか着るじゃない」
「いつかって……」
「ジークさんを夫にしたら」
「そーれーはーそのー」
シャロンはそろりと目を逸らした。そんな様子にカノアが息を一つ吐く、まだ進展していなかったのかと。
ジークハルトとの関係は悪くはなかった。彼は優しく気遣いができるので周囲からの評判も良く、シャロンも良い人だと思っている。上手くいっているかと問われると、いってはいるけれど先には進んでいないという回答になるのだ。
それでいてシャロンはまだ自分の気持ちがどういったものなのかも気づいていない。ジークハルトのことは嫌いではない。好きか嫌いかならば、好きに分類される。ただ、その好きが恋愛のようなものなのか、いまいち分かっていなかった。
「あんた、ジークさんのこと好きでしょ」
「嫌いじゃないよ?」
「あー、この鈍感娘……」
呆れたようにカノアに言われてシャロンはむっと口を尖らせる。鈍感というほどではないだろうと反論したかった。だ気持ちがまだ分かっていないだけだと。けれど、彼女はそれが鈍感だと言う。
「見ていて、もどかしくなるのよねぇ。あんたたちって」
「えー、そう?」
「うん」
「即答じゃん」
「だってそれぐらいもどかしいもの」
仲が悪いわけでもなくて、むしろお互いを気遣っていて、二人の雰囲気というのは良い。良いというのに全く進む気配のない関係で、それは見ていてもどかしくて、もっとどうにかなるだろうと突っ込みたくなるらしい。
そんなことを言われても困るとシャロンが眉を下げれば、カノアは呆れていた。
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