第4話 まずはお互いを知るところから


 ハルピュイアが住まう家というのは木々でできている。大木に寄り添うように建てられていて少し珍しい見た目をしているが、住みやすさは人間の家と大して変わらない。そこそこ広い土地でかなりの数のハルピュイアたちが暮らしていた。


 この里に住む他種族は皆、ハルピュイアの夫たちだ。人翼種であったり、魔族であったり、人間であったりと統一感はない。


 狩りはハルピュイアが行い、田畑を夫が耕すというのが一般的だがもちろん、その逆もある。


 そんな里の少し奥、大木に寄り添うように建てられた家がシャロンの住処だった。


 シャロンの両親は彼女が成人する前に里を出ていってしまっているのだが、これはよくあることだったりする。長く里にいる者もいるが外の世界を夢見て旅をするというのはよくあった。


 シャロンの場合、母が外の世界で旅をしたいと言い出したのだ。丁度、子が親離れをする時期だったのもあり、母は父と一緒に出ていってしまった。着いていきたかったかと問われると、記憶を思い出す前の心境的には「やっと自由になった!」だった。


 母は何かとつけて五月蠅かった。父は優しいというのに小言が多く、面倒事を押し付けてくるので、旅に出ると言い出した時はかなり喜んだ。「私は残るから二人で楽しんできなよ!」と賛成したのを覚えている。


 それはそれとして。シャロンは今、どうしたらいいのか分からなくなっていた。


 何はどうあれ、自身は人間の男を拾ってしまい、婿候補として迎え入れてしまった。長であるアエローにも拾った責任は取れと言われてしまったので何も言えない。無事に里に戻ることはできたとはいえ、問題は残っていた。



「え、どうやって付き合っていけばいいの?」



 そこだった。婿候補なのだ、まずはお付き合いから始めるべきだろうか。恋人いない歴=年齢だった自分だぞ、何をすればいいのだとシャロンは頭を悩ませる。


 転生に関してはもう受け入れることにした、そこを悩んでいても前には進めないからだ。あっさりしすぎてないかと言われれば、そうかもしれないが今は現実を受け止めて前に進むしか道はない。いつまでもうじうじと足踏みしていても状況が変わるわけではないのだから。


 それにシャロンは第二の人生がハルピュイアっていうのは些か不満はあれど、美人だしいっかーともう前向きに考えていた。いろいろあったけれど、とりあえず生きてはいけそうなので深く悩むのを止めたのだ。


 けれど、婿候補に関しては考えなくてはならない。彼とこれから過ごしていかなければいけないからだ。テーブルに突っ伏しながら呻っていれば扉が開く音がした。



「……どうした」



 そうジークハルトに問われて、シャロンは「貴方のことで悩んでいたんですよ!」と口に出そうになるのを堪えた。相手も急に婿候補となってしまったのだから、色々と考えているかもしれないと考えて。


 ジークハルトがこの里に来て一日目。一夜を共にしたのだが、彼は多少の戸惑いはあったものの、亜人種の住処というのに好奇心と興味が湧いているようで里内を見て回っていた。一応、案内は軽くしたのだが改めて見てみたようだ。



「いえ、その……なんでもないです」



 彼はやはり何も言わない。どうして逃げていたのかなど、身の上話というのを話さない。言いたくないのなら無理に聞くようなことはしないのだが、気にならないわけではない。


 まず、お互いを知る必要があると思った。せめて、どういう人間なのか知らねばとシャロンは考えていた。いくらなんでもクズな男とは申し訳ないが付き合いたくはない。



「人間もいるんだな」



 そんなシャロンの考えを他所にジークハルトが言う。どうやら、ハルピュイアの夫たちに会ったようだ。



「少ないですけど、いますよ」



 ハルピュイアの夫として迎え入れられた中で人間というのは実は少ない。別に人間が駄目というわけではなくて、ハルピュイアにも人間と同じように好みがあるというだけだ。


 ハルピュイアは翼を持つ存在を好む傾向があるので、人翼種や鳥の獣人を連れて来たりすることが多い。この里も人翼種と鳥の獣人が多かったという知識が頭の中にある。



「あの長の三姉妹にも夫はいるのか?」

「いますよ」



 長を務める彼女たちにも夫は存在する。

 長女――アエローは竜人族の男を。

 次女――オーキュペテーは鷲の獣人の男を。

 三女――ケライノーは人翼種の男を。


 三人ともちゃんと成人の儀を果たし、夫を迎え入れて暮らしている。どの旦那さんも妻を愛しており、夫婦仲は良好であった。ただ、ハルピュイアはかかあ天下なところがあるので、夫の肩身が狭いように感じてしまうかもしれない。



「共通点は翼か」

「そうですね。ハルピュイアは翼を好むかなぁ」



 竜人族も人の姿をしてはいるが角と翼を持っている。これは好みなので好きになれば翼が無くとも夫にするのがハルピュイアだ。


 これも知識の一つで、一応は神様もその辺の情報は与えてくれたらしい。まぁ、役に立つのかは微妙な上に、僅かな知識ではあるのだが。それでも無いよりはマシだ。



「あとはヴァンパイアを夫にしているハルピュイアもいますね」



 ヴァンパイアもマントを翼のようにできるのでそこが良いというハルピュイアもいる。相手が人間を好む趣向なので稀なのだが、翼の有無は個人の好みによるというのをシャロンは伝えた。



「お前は……シャロンはどうなんだ?」

「私ですか? 人間寄りがいいですね」



 元人間だしとは言わないずに答える。全く姿が違うとなるとやはり不安と恐怖があるというのもある。それに前世で恋愛経験がないで、いきなり人外というのはハードすぎると思ったのだ。自分も人外ではあるのだが、それは置いておくとして。



「そうか……」

「あ、あの、その……気にしなくていいので……」



 ジークハルトの様子にシャロンは言う。いきなりハルピュイアの婿候補などにされたのだから、戸惑いもあるのは理解できる。好きになれだなど特に亜人種とはいえ、人外であるのだから難しいのは分かることだ。



「ジークさんは暫く身を隠していると思っていればいいですよ。亜人種とはいえ、私は人外ですから……」


「いや、別に種族は気にしていない」



 ジークハルトの返事にシャロンは目を瞬かせる、人間でも多少は種族とか気にするものではないのだろうかと。



「この国では他種族との婚姻は割と普通だ」

「あ、そうなんですか」



 どうやら、この国は他種族との結婚は珍しくなかったようで、エルフや獣人と夫婦になっている人間はいたと彼は話す。


 流石にハルピュイアを妻にしている人間は知らないようだが、竜人族や人翼種を相手にしている人間はいるので、違和感や嫌悪といったものは無いらしい。



「ただ、いきなりだったので驚いたんだ」

「驚きますよね、普通」



 ハルピュイアを見たことが無いわけではないのだが、生態に詳しくなかったので成人の儀なども知らなかったとジークハルトは話す。


 人里に頻繁に訪れるわけではないのもその要因なのかもしれない。商売としてハルピュイアが街を訪れて人間と交流をすることはあれど、自身の生態を好んでは話す者は少ないので知らないのも無理はなかった。



「その……せっかく婿探しに出たというのに、よく分からない人間を連れて帰ってしまい、そいつを婿候補にしないといけないというのはお前にとって災難だっただろ」



 あの場に居合わせてしまった故に起こってしまったことだがと、ジークハルトは申し訳なさげに眉を下げていた。これは逆に心配されているのかと、シャロンは彼の言いたいことを何となくだが察する。


 恐らくジークハルトからしたら、シャロンは居合わせて巻き込まれたハルピュイアという認識なのだ。婿探し中に見つけて、放っておけずに里に連れ帰ったら掟を思い出して婿候補にしなくてはいけなくなったと。


 その通りではあるのだが、助けたのは自分の意思だったので後悔はないのでシャロンは「大丈夫ですよ」と返す。



「まー、よく分からない人間っていう認識ではあるけど、ジークさん悪い人っぽくないし」


「……何処をどう見たらそう思うんだ」


「えーっと、兵士? の人間は貴方に丁寧な言葉を使っていたので、悪い人を追いかけていたら、そんな言葉づかいにはならないよなぁと」



 そう指摘すれば彼は黙ってしまった。反応的にはあまり詳しく掘られたくない話題のように感じるので、シャロンはそれ以上は言わない。



「言いたくないことは話さなくていいですよ」



 誰だって聞かれたくないことはありますからと伝えれば、ジークハルトは力を抜いた。話してくれる気になるまで触れないでおこうとシャロンは決める。


 そんなことより今なのだ、シャロンは「今後のことなんですけどね」と話を切り出す。



「婿候補ってことなので、この里の住人からそういう認識になるわけですよ。でも、私も貴方もまだお互いを知らないわけでして……」



 この里ではジークハルトはシャロンの夫として認識される、それが候補であってもだ。里にいる以上はそうなってしまうのでそこはまず理解してもらわなければならない。



「まずは、その、お互いを知るところから始められないかなぁと……」



 夫になるか否かの判断は後々にするとして、まずお互いを知るところから始めてみるというのは悪くないはずだと、提案するシャロンにジークハルトはまぁと呟く。



「此処にいる以上はお前の婿候補だ。お互いを知るというのは悪くないと思う」



 此処にいる以上は相手を知っておいて損はないと、シャロンの提案にジークハルトはそれを了承した。



「えっと、ではその……よろしくお願いいたします、ジークさん」

「よろしく頼む、シャロン」



 差し伸べられた手を握る。シャロンは一先ずは彼を知ることから始めることにした、夫にするかは置いておくとして。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る