変化

「それにしてもすごいな、チャールズ! あんなにデカいサイクロプスを一撃なんてよ!」


 あれから僕たちは連戦連勝。並みいるモンスターを打ち倒し、魔王城への快進撃を続けていた。

 伝説の武器はものすごい。

 敵はどんどん強くなる。けど、それよりもずっと早く、僕はもっともっと強くなっていった。


 酒場でお酒を飲みながら笑うハロルドにつられて、僕も笑う。

 話題は、『さっき倒したサイクロプスのハナクソはどれだけデカいのか?』だった。

 あれだけ大きな巨人だもの、きっとハナクソも兎くらいの大きさに違いない……。

 サイクロプスが捨てたハナクソを、獲物だと思って食べる狼がいるかもしれないな!

 サイクロプスのハナクソって、どんな味だろうな。食べた狼はゲロを吐くかな?


 僕らの話を聞いて、アリスがちょっと嫌そうな顔でこっちを見てるけど、気にしない!

 なんだか最近、ハロルドとはよく気が合うんだ。

 前よりもずっと仲良くなれたみたいで、僕は嬉しかった。




 魔王城にはどんどん近づく。僕はどんどん強くなる。

 何もかもが順調なはずだった。だけど、なぜだろう?

 最近の僕の動きにはキレがない。


 なんていうんだろうな……前みたいにキビキビと動けなくなっている、とでも言ったらいいのか。


「どうしたのですか、チャールズ様。戦闘中にぼうっとなさって」


 心配そうな声をアルルにかけられ、僕はハッと気づく。


「あ、ああ。ごめん……なんだか最近、色々と考えがまとまらなくてさ」


 そういうことをみんなに相談してみたら、アルルが深刻な顔で言った。


「そ、そんな!? まさか、剣の力で身体が遅くなっているだとか……?」


 ハロルドがシュッシュと言いながら、僕に向けて拳を出し入れする。

 僕がそれを頭だけで避けて見せると、彼は言った。


「そうかぁ……? 動き自体は前より早いくらいだぜ。さっき出てきたでっかいゴーレムも、一撃で真っ二つだったろ。あんな固い石のゴーレムを、だぜ!?」


 と、ずっと黙っていたアリスが言った。


「ハロルド。今日は何月何日何曜日?」


「ええと……秋だから麦の月。日にちは……六日かな? 曜日は……一昨日が満月だったから、灰曜日」


「286×74は?」


「えっ? ええ……っ? ……さあ。ちょっとわからないな」


「そう。じゃ、125+376」


「足して、十一……で、繰り上がって、2+7……+1で……また繰り上がって……だから、501」


「ふうん。ねえ、あそこの壁にかかってる絵、どう思う?」


「どうって……別に。どうも思わないよ」


「なんでもいいから。感想を言って」


「人が描いてあるね。二人描いてある。男と女だ。片方が杖を持ってる」


「それだけ? あれ、そこそこ有名な名画のレプリカなんだけど」


「うん。他に何があるの?」


「わかった。というより、確信した」


「なにを?」


 アリスは細い指を持ち上げて、僕の腰に下がっている剣を指さす。


「その剣が吸い取ってるもの。強さの代わりに、失うもの」


 その言葉に、僕たちは緊張した顔になる。

 全員が彼女の顔をじっと見て、次の言葉を待った。


「知性よ」


「知性……?」


 僕は言葉を繰り返して、首をかしげる。

 だって僕には、そんな自覚がこれぽっちもなかったからだ。

 僕は笑いながらアリスに言った。


「あはは、アリス。知性ってことは、つまりアレだろ。頭の良さだろ? そういうのがなくなるってことは、つまりアレだろ? ええと……バカになるってことじゃないか! だけども僕は、みんなと普通に話してるし、敵とも普通に戦えてる。僕は、決してバカじゃないよ」


 アリスは深刻そうな顔で言った。


「今は、まだね。アナタ、けっこう頭のいい方だったから……その程度ですんでいる。でも最初の計算は、以前のアナタだったら数秒で答えてたと思う。アナタはすでに、『積み上げた物を失った段階』に来ているのよ。そしてこれからは、『戦えば戦うほどに加速度的に知性が失われていく』でしょうね」


 その言葉に、僕たち言葉を失った。

 アリスは言った。


「アタシは、ここで引き返した方がいいと思う。その剣を使うのは、あまりにリスクが大きすぎる」


 ハロルドが言った。


「も、戻るって……ここまで来てかよ!? 魔王城はすぐそこだぞ! 戻るより進んだ方が早い!」


 アリスが言った。


「それでも、戻るべきよ。その剣を使うのは、あまりにリスクが高すぎる。本当は、もっと早くに言えば良かったって後悔してるの。疑念が確証に変わる前に、剣を使うのをやめさせるべきだったわ」


 アルルが言った。


「で、でも……この辺のモンスターは強すぎます。チャールズ様の剣なしじゃ、私たちは行くことも戻ることも難しいでしょう。そうなるとまた、チャールズ様にご負担を掛けることに……!」


 みんなが暗い顔でうつむいた。

 だけど、僕は笑顔で立ちあがる。


「大丈夫! 前に進もう。使えば何かが失われるなんて、最初からわかってた事じゃないか。命がなくなるわけじゃない! 目が見えなくなったり、今すぐ老人になるのに比べたら、知性がなくなるくらいどってことないよ!」


 その言葉に、アルルとハロルドは言った。


「そ、そうですよね……。例えチャールズ様が知性を失ったって、私たちが支えてあげればいいんですよ」


「そうだぜ! 多少バカになるくらい、なんだってんだ! それに前のチャールズはちょっと、とっつきにくかったからな。今のチャールズの方が、俺は好きだぜ」

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