僕の失敗、営業哀歌!

崔 梨遙(再)

1話完結:1700字

 20代半ば、僕は広告代理店の営業をやっていた。転職、営業は初めてだった。体育会系の社風で、商品知識の研修だけで研修は終わり、新人はひたすら飛び込み営業をさせられた。基本、1日に100社! 商品カタログと僕の名前入りチラシをばらまいた。だが、3週間経っても僕にかかってくる電話は無かった。真面目にやっているのに結果が出ない。僕は悩んでいた。


 入社して3週間以上、もうすぐ1ヶ月という頃になって初めて僕を指名する電話が会社にかかって来た。


「チラシを見たんですけど、崔さんに求人広告を頼みたくて」


 僕はダッシュでその会社を訪問した。その会社は、1つのオフィスに2つの会社が入っていた。その2社の内の1社は、まだ社長1人の会社だった。その1人ぼっちの社長、久坂社長が呼んでくれたのだった。事務員を募集したいという。当時、ネット広告はまだまだで、求人広告は求人情報誌、まだ紙媒体が主流だった。


「大きい広告を1回出すのではなく、小さい広告を2回出す」


 と言われ、小さめの枠で2週(求人情報誌は週刊)の契約が結ばれた。枠が小さく盛り込める情報量は少ないが、給料は平均的、ビジネス街の駅の近くで交通の便が良い、事務は人気職種、これなら小さめの枠でも採用できるという自信があった。


 そこで、そのオフィスのもう1つの会社の入江社長からも声をかけられた。


「ウチも事務員を募集したいんだ」


なんと、また小さめの枠だが事務員の募集で2週分、申込み書をもらえた。入江社長の会社も社員数名。小さい会社だが、そこは関係無い。採用できる自信があった。


「初受注が2社4件の同時受注なんてミラクルだ!」


 みんなは僕のラッキーを褒め称えてくれた。



 1ヶ月ほど経って、久坂社長から営業スタッフの募集のことで呼ばれた。今度は前回よりも大きいが、営業の募集にしては枠が小さい。営業スタッフの募集では、新規開拓なのか? ルートセールスなのか? 売る商品は何なのか? その商品は売れるのか? 伝えなければならない。それにしては1サイズ小さい広告だ。


 その時、情報誌の巻頭特集で、“福祉関連”の企業の紹介(カラー)があった。その特集記事と同時に求人広告を出せば効果がアップするのは間違いない。巻頭特集の部署にお願いして、僕は久坂社長の会社の取材をOKしてもらえた。求人広告を出すならここだ!


 ところが、久坂社長は“出張するから募集は翌週発売の号で出す”と言い出した。


「いえいえ、千載一遇のチャンスですよ! ここで広告を出しましょう!」

「いや、応募や面接の対応ができないから」

「それでしたら、広告に一筆、応募は○○日以降など記しておけばいいではありませんか? 応募者は待ってくれますよ」

「いや、俺には俺の考えがある」


“だから、それじゃあ応募が来ないんだよ”


「申し上げにくいですが、巻頭特集とセットでないと、この枠のこの広告では応募者は少ないと思います」

「ダメだ! 広告を出すのは1週間先だ」


“終わった”と思った。久坂社長に考えがあると言っても、それは採用のプロの考えじゃない。はっきり言って、久坂社長の営業スタッフ募集の公告には特別な魅力は無かった。実際、広告を出してみたら応募は極めて少なく、選べるほどもいなかったので妥協して採用したが、その新入社員は2週間で辞めてしまった。



 後日、アポは無かったが近くを通りかかったので久坂社長と入江社長の様子を見に立ち寄った。久坂社長は不在、僕は入江社長と話をした。


「この前の巻頭特集、ウチも載せてほしかったよ」

「それが……1人で何社も推薦できるものではありませんので」

「でも悔しかったよ、まあ、久坂社長が先に君に申込みをしたから仕方ないけど」


“仕方ないと思っているなら、言わないでくださいよ”



 僕は1時間も愚痴を聞かされた。僕の記念すべき初めてのお客様達だったのでかなり優遇したが、何かと困ったお客さん達だった。そんな風に、僕のモチベーションを何度もダウンさせてくれた。営業は楽しくないことも多い。嗚呼、営業哀歌!







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僕の失敗、営業哀歌! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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