出逢い
第2話
本郷陽向はその日研修のために東京の本社に初出勤を迎えていた。
なんとか内定を勝ち取った大手商社の扉を前に、入社試験の時よりも緊張していた。
陽向自身ですらダメ元で受けた商社で、合格通知が来た日には混乱で熱を出したようなレベルの会社だった。
「待って、私内定してる……? 嘘でしょ、面接の時にあんなに手応えのての字もなかったのに内定……いやそんなわけない、絶対に何かの間違い。人事が誰か他の人と取り違えてる確率の方が高い、むしろその方が信じられる」
だって私は隣に並んでいた学生に比べればたいした実績もなく、ただ憧れて熱意を述べに述べていただけのようなものだ。対して隣にいた学生は有名校出身で留学経験まであり大学時代の成績もよかったと話していたしバイトでの実績まで話していた。私は大学生の時教授にお情けで単位をもらっていたようなものだしバイトでも物覚えが悪くてよく怒られていた。考えれば考えるほど受かるわけがないとしか思えない。
だが友人に見てもらっても家族に写真を送ってみてもそこには間違いなく内定の二文字が並んでいた。宛先には確かに本郷陽向という名前が載っていた。
嘘だ、間違いだ、そんな訳がない、絶対に違う。そう思ってみてもその文字が変わることはなかった。
自分は絶対に受かってたとしてもビリのビリの最下位のたまたま入社できちゃった枠に決まってる。これからの研修で、なんなら研修段階で自分のできなさが浮き彫りになってクビにされるかもしれない。
でも他の会社の内定は蹴ってしまったんだ。私がここで結果を出すことができなければ、私は路頭に迷うことになる。
どうしよう、そんな日にはせっかく喜んでくれた友人と両親になんて伝えるべきだろう。
研修でやっぱり駄目だこいつはって思われましたとでも言うべきなんだろうか、研修がハードすぎて諦めましたなんてもっと言えない。でもそんなこと「おはようございます。研修の方でしたらこのビルを三階に上がって頂いて奥の部屋になります」「は、はいっ」と反射で答えた自分に後悔した。
その人がいる手前逆戻りはできないからそこに向かうしかない。その優しそうな言葉遣いとは裏腹に目の前に立っているのは強面で高身長の男性だった。その威圧感に陽向は完全に圧されていた。
こんな人の前でやっぱり帰りますなんて言えない。それにやっぱり帰りますなんて言った日にはクビへの直行便が待っている。
絶対にそれだけは駄目だ、無理だ許されない。
そう思ってなんとかビルに入ってエレベーターで三階へのボタンを押した。
案内板に沿って進んだ先には大学の講義室のように椅子が並んだ部屋があり、もう既にその椅子の七割程度が埋まっていた。
周りにはいかにも優秀そうな新入社員が並んでいる。
自分の名前が座席表に書かれていることに少しの安心と大きな不安を抱えながらその席についた。
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