好きになってはいけない人は
「いらっしゃいませ」
営業所に客が訪れたことがわかる響き渡る声。
成美は問い合わせされた中古車を探すためにずっとタブレットを見ていた。
フロアには接客をしていない営業もいる。
成美のすぐ近くに座っている者もその隣の席の者と小声で雑談をしていた。
けれども、近吉は真っすぐに成美のデスクまでやって来て、コーヒーを出すように指示をしてきた。
それで成美はタブレットを一旦置くと、急いでコーヒーを準備して近吉のいる席まで運んだ。
テーブルの上にコーヒーを置いて、下がろうとしたところで近吉が成美を引きとめた。
「水野さん、彼の試乗付き合ってあげて」
「はい?」
店に訪れた客を最初に接客した営業が担当するのが暗黙の了解で、当然試乗にも同乗するのが普通だったから、近吉がそれを成美に指示するというのはありえないことだった。
「頼んだよ」
近吉はそう言うと、席を立ってしまったので、成美は客に一言断ってから急いで準備をしてまたテーブルへ戻った。
「どちらのお車を試乗されますか?」
「あーっと、そうだな……軽自動車がいいかな」
(まるでどれでもいいみたいな言い方だけど、買う気あるのかな?)
その客の様子からは、購入を考えて試乗したがっているとは思えなかった。
冷やかしだとわかって近吉が接客を押し付けたのかもしれないと、成美は考えた。
それならば、簡単に客を譲った近吉の態度にも納得がいく。
例え購入の意思を感じられない客だとしても、試乗したいというものを断ることはできない。
成美は客の要望通り、軽自動車に案内した。
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