第36話

 ガイアールとも名乗ったその少年というのはどこか異様な気配を漂わせているものだ。それを平然と感じられる、これが何を意味するのか。

 本当に本当にそれは芸労げいろう忿怒ふんどの存在というのが既にかなり上に上にと上昇をし続けているということである。全くこれでは命を恨み忌み嫌う死者の果てではないか。

 誰がこんな派手な気配というのを不用心にもまき散らすことをしてしまうのか。そこまで劣っているはずもないだろうって。相応の時間と仕事を掛けて戦ってきているガイアールがそんな間抜けを晒すほど愚かというわけもあるまい。

 だが彼だって現在まで共にしていた仲間もいなくて精神が不安定となってしまっているのだ。それだから纏う気配というかオーラだってユラユラ揺らめいてしまうことになり通常の状態であれば、ばれることもないだろうに弱いニンゲンの中でもその正体というのを、その一端を目にしてしまうことが、そしてある程度の予想がついてしまうくらい。

 それくらいにはガイアールは自分の居場所というのを不確かなモノとしてしまっている。それにガイアールは人見知りだ。自分が拾ってきたとはいえ他人二人にこうして見つめられてしまうのが非常に緊張する性質であるのにあってしまう。

「僕が何よりも専念しておきたいのは生存である。それを妨害されるのはどこまでも気に入らない。誰よりも生きたいと叫びながら走り続けてきた君たちよりも僕の方が更に更に強く願いを持っている。それに君たちは僕の正体なんて求めてしまって生きて帰れると思っているんですか」

「そんなもんいいから。そもそも生きて帰れるかなんて今のこの逃げ惑っているのでかなり精いっぱいなんだから下から更に下がるだけだってぇの。そんなんで気にして踏み込むことをやめてしまったらそれこそ個人での生存が絶望的っていうもんだろ」

 こんな風にして顔を詰められてしまったガイアールであるのだがこれはこれはかなり困ってしまう。まさか芸労げいろうとかいうこの青年がここまで割り切ったというか振り切った考えを持っているとは思いもしなかった。

 そして忿怒ふんどとかいう男の方は僕が入れてやったコーヒーというのをちびちびと飲み干していくことをしていた。全く物持ちがいいというよりはちょうど豆を買った後にて報告をしていったのだから偶然たまたま気まぐれである。気にしだしたら止まらない。

 ビルで飲んでしまおうかとも思っていたのだが悲しいかな。そんな余裕もなく今の今まで忘れてしまっていただけ。ガイアールは気まぐれで行動を起こしてしまうからこそ周囲の者達は………………そこまでの事態ではなかったかもしれないなぁ。

「別に聞かれて困ることだってないけれど、それでも他人に率先して話したいことも特にはないから」

 それで背を向いてしまうのがガイアールである。非常に申し訳なく感じてしまうが他人にへと気軽に話せるほど内容も概要だっても決して安くはない。ガイアールとしてはこれはかなり後ろめたい話になってしまうから。

「もしかして、自分がこの事件の、というか事変の首謀者なのか?だったら心苦しくはあるが人柱になって貰わなければいけない。そうでなければ被害に遭った人たちですら納得させることは出来ない。それともそれが意味のないことだともいうのか」

 握りしめているそのコーヒーカップの中身も半分に差し掛かろうとしていた忿怒ふんどは自分の座り込んでいるその位置にへと戻っていきながらもガイアールへと目配せをしている。

 かなりの緊張感漂う空間である。ここにあるのは限定された空間の中でのみに抑え込んでいるはずの殺気がただひたすらに咆哮となり煌々としながらも方向を揃えて乱れてしまっている状態。これはこれは緊迫した状態である。この中に割り込んでいくのは相応の度胸というのが必要になってくるだろう。

 1対2であるからしてガイアールは数の上では不利を受けてしまっているわけだ。だがだがだがそんなものはいくらでも覆すことが可能となっている。それだけの実力と運くらいならしっかりと持ち合わせている。

 まぁこの空気をぶち壊してくる馬鹿というのはちゃんと近くに来ているのだが。というよりはガイアールが連れてきた古くからの友人というのであるので慮外者なんて扱いなんてなりはしない。

「ほーらほーら見てみてそこで肥えていた熊狩ってきたからみんなでたらふく腹一杯になるまで食べようよ」

 そんな感じで元気に走ってこの焚火の囲いにまでやってきていた女の子というのがいた。それで彼女が肩に担いできた熊というのが凄まじいの一言で収まってしまうくらいには巨体である。彼女も体格としては決して小さいというわけもない。

「だというのに相変わらずの馬鹿なことというか勇猛果敢というか。そんな感じでエイグルが変わりなくてもう安心だ。それと同時にこんな風にも考えてしまう。とんでもないことをしてくれたもんだよ」

 自分の後ろからやってきたエイグルにへと振り返ってみればその恨めしいという視線を向けていくことをする。本当に仕掛けていた予定というのがかなり狂わされてしまったというか、周囲に置いていた布石が、それを設置するためのことが徒労にというのか無駄骨になってしまったのがぼちぼち重たく感じてしまうが彼女と付き合ってきた時間の中を振り返ってみればそれくらいいつもの事だともいうのを思い出した。

「なんていうのがそもそもぶっ壊れている日常だったんだけれど。本当にいつもいつも面倒ばかり掛けて………………あぁあの頃は楽しかったなぁ」

「いやいや、アンタだって大概勝手にいなくなってしまうのがしょっちゅうで誰にも言わないからその誰もが心配してばっかりなんだけれど。そんなことをされたらその誰もがいつものことかなんて最早心配すらしてくれなくなってしまって探すのが私たちくらいになってしまったし………………」

 エイグルのその言葉を聞いてしまえばゴリゴリと神経というのを削り取られてしまうことになるガイアールである。そのせいで地面に膝をついてしまう。苦痛ではなく申し訳なさで胸がいっぱいになっている。

「そ、そちらの御方はいったいどこの誰なんですか」

 恐る恐るといった様子でガイアールにへと、やってきたエイグルのことを確認をしていた芸労げいろうである。

「これを言われても別に………………あれ、もしかして紹介していませんでしたっけねぇ。そうであるのなら悪いね。だけれど僕が語ることなんて特にないから。ずっと離れて過ごしてきたから今まで何があったのかなんて知りようがない」

 そしてこの場から立ち去っていこうとするのであったガイアール。それを腕を掴んで引き留めることをするエイグルである。その表情というがとっくの昔に覚悟なんて決まっているとばかりのだから緊張というか身体が強張ってしまうくらい。

「なんでぇ。そんなこと言っても………………というかだったらこんな勝負なんてしたくはないのにあたしの方は負ける気はない、だからこそ相手となる可能性のある存在にへと利することなどさせるわけあるわけないだろう」

 エイグルのこの言葉というのはどこまでも冷ややかなことだとも感じられてしまうのだか聞くものにとっては恐ろしくて体が震えてしまう。だがすぐさまその意志で以て抑え込んでいくことが出来るので芸労げいろう忿怒ふんどの二人とはかなりの強さであるのかと二人で感心してしまう。

「いや、そうじゃあなくなくてさぁ。ただの人間にそんな目を向けてしまうのはどうかしているって。いくらうまくいかなくて苛立っているからって」

「あぁごめんなさいね。私だって落ち込むことはあってもそれと同時に喜びが舞い込んでなんていうのを体験するのはまるで思いもしなかったこと。アンタと再会できてまさか嬉しくないなんてわけもないじゃない」

「その笑顔が見れるだけで僕にとっては満足だよ。君と楽しい日常を過ごしてきたあの時代がとてもとても懐かしく感じるから」

 本当にこれがガイアールの本心である。ただそれよりも目の前にあるこの気まずい状況を抑えてしまいたいとも思うのだが。

「なぁなぁいちゃついていないでさぁ………………もしかしてお前らって俺と敵対するつもりなんですか。だとすれば敗北をさせるのはお前らではない。何もせずとも勝手に倒れてしまうから」

 そしてそのままにこの場で後ろにへと倒れ伏せてしまうことをした忿怒ふんどであるのだ。その手元にあるのは空っぽのコーヒーカップである。倒れる前にと丁寧に地面にへと置いていたのがとても感動的である。

 それにへと恐る恐る近づいていく芸労げいろうである。そしてその顔というのを拝んでいくことをする。

「寝てんな。死にたくなければ動けこの野郎が」

 肩を掴んで揺さぶっていけばグワングワンと振られてしまうことになっている忿怒ふんどである。これは傍から観ているだけでは面白いのだがこんなことには当人になりたくはないと願うばかり。

 これで今現在体勢というのをどうするべきかと決めあぐねているエイグル。

 恐る恐るガイアールにへとそれを窺っていくことをする。

「ねぇ、この熊ってどうしたらいいと思う?ずっと肩に載せているので吊ってしまいそうになるから早めに降ろしたいんだけれど」

 そう言われるまでずっと気づかせないくらいには馴染み過ぎているその恰好であるのだ。普通の女の子がそうなってしまっているのは、もう友人として手遅れとしか言いようがない。

「………………絞めたんならそれこそ煮るなり焼くなり好きにしたら。火はそこにあるから使ってくれたらいいし」

 そしてガイアールがどこからともなく持ち込んできたのはそれなりに大きな鍋であるのだが。どこから出てきたのかといえば………………そこらへんの草むらで拾ってきた一品であるためにそれを求めるのは、ガイアールでは答えられないことである。

 それを素直に渡してみればエイグルは焚火の上にへと設営を開始していた。精々が渡された鍋が乗るくらいであれば充分であるという考えである。だがそれで試行錯誤の末に出来上がったのがかなりの芸術作品であったのだがなぁ。

「………………なぁんでものの数分でこんな馬鹿げた建築が可能となってしまうんだよ。まるで別世界の住人かよ。それでもガリバートンネルでも通ってきたか」

 かなりの人生経験をしてきたつもりである忿怒ふんどだってもこんなことを口にしてしまうくらいには目の前にある状況に戸惑ってというか困惑してしまうくらいだ。それ以上の経験をしているはずの芸労げいろうだとしても絶句してしまうのだからそれこそ住んでいる世界が違うとしか言いようがない。

 そこで今まで行使してきた術というのを思い出すことをしないのだから。芸労げいろうだって総てを顧みないというのであれば同様の現象は可能であるのに。

 その代償とはなんだとなるが必要のない苦労だというのが分かる。凝るなとしか言いようがないので。

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