3話 過去の影
その日の講義が終わると、瑞貴は篠宮蓮の後を追うように教室を出た。
脳内で「なぜあいつが気になるのか」という問いが渦巻いていたが、それを無視するように自然と足が動く。蓮がゆっくりと校舎を出ていく姿を目で追いながら、瑞貴は思い切って声をかける。
「なあ、篠宮くん!」
蓮は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
夕暮れの光が彼の静かな表情を照らし、瑞貴はその無表情の奥に、何か深い感情が潜んでいるように感じて。
「……今から変なことを言うかも、しれないけど。――俺たち、どこかで会ったことないか?」
瑞貴が言葉に詰まりながらもそう尋ねると、蓮の瞳がかすかに揺れた。しかし、次の瞬間にはすぐにその感情を押し殺し、無表情に戻る。
「さあ、どうでしょう」
蓮の返答は淡白だったが、瑞貴には彼が何かを隠しているように感じられた。そのことがますます彼の興味を引き立て、心の奥にある不安が小さなざわめきとして残る。
瑞貴は胸の奥に渦巻く感情を押さえきれず、躊躇いながらも続けた。
「……よかったらさ、友達にならないか?」
その言葉に、蓮は思わず目を見開く。
瑞貴が今の自分に心を開こうとしてくれている――その事実が、蓮の心に小さな温もりを灯した。
友達という言葉が、蓮にとってどれほどの重みを持つか、瑞貴はまだ知らない。
蓮は一瞬ためらったが、静かにうなずいた。
「……それも、いいかもしれません」
瑞貴はその答えに安堵の表情を浮かべ、ほっと息をついた。
§
その後、2人は大学のカフェテリアに足を運び、軽い食事を取ることにした。
蓮は瑞貴の横に座り、普段なら話さないような自分のことを少しだけ語った。瑞貴もまた、自分の趣味や日常のことを話し、次第に打ち解けていく。
「篠宮くんって、案外話しやすいね」
瑞貴が笑いながらそう言うと、蓮はほんの少しだけ微笑んだ。そのささやかな笑顔が瑞貴の心に不思議な安心感をもたらし、胸の奥で何かが温かく広がっていくのを感じた。
食事を終え、2人がカフェテリアを出る頃には、夜の帳がキャンパスに降りていた。
瑞貴は蓮を見送りながら、再び胸に湧き上がる感情に戸惑いを覚えた。
「なんだろうな、この感じ……」
ただの友人になったばかりのはずなのに、蓮の存在が自分にとって特別なものであることを、瑞貴は無意識のうちに感じ取っていた。
§
蓮は寮の自室に戻り、窓の外に広がる夜空を見上げた。瑞貴と再会したことで心の奥にあった不安が少し和らいだが、同時に、再び彼を守るべき使命が自分の中に蘇ってくる。
「今度こそ、貴方様を御守りする……」
蓮は静かにそう誓い、夜の闇に溶け込むように目を閉じた。
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