お願いを聞き届けて 沼津平成が贈る珠玉のミステリ1

沼津平成

Episode.1 夜の密室

 夜が肌寒くなってきた。秋も深まる頃なのだ、と沙織は気づいた。沙織の隣にはおとぼけ探偵・高口豊がいる。曽祖父は栃尾とちおといって、第48代総理大臣だ。1898-1967、日本の偉人として有名である。

 しかし、豊自身はそんな有名ではなかった。いくら偉人に育てられたからと言って、息子や孫が偉人になると確約されているわけではない。現にもしそうなのであれば現代日本に万もの偉人が存命していてもおかしくないのだ。

 高口豊は数ある職業の中から探偵を選んだ。単に推理小説の読み過ぎで今でいう厨二病とやらになっただけである。しかしこれが彼の人生に大きく影響を与えたのか、いま豊は探偵である。月に三件依頼が来ればいい方で、特に最近は一件来るか来ないか……そのくらいなのだ。

 

          *


 沙織は高口家の養子で、高口豊とほぼ同い年である。実際には豊の一つ下だが——

 沙織と高口豊は帰路についていた。橋を渡り終え、踏切に近づくと、カンカンと音が鳴り始め、遮断機が降りた。いつも高口豊が近づくと遮断機が降りるのだが、彼は全踏切から嫌われているのだろうか?


           ……


 特急クリスマスは秋限定の特急である。クリスマスなんて名前なのに秋に走っているが、それがなぜなのかはしらない。有名すぎると問答無用で通されてしまうこともある。有名すぎるのも考えものだ。

 特急クリスマスは高口家の最寄駅の2駅向こう、川尾という駅も通った。特急と称してはいるが五駅おきには停車する。だから急行と呼ばれている。

 森沢恵美という女もそれに乗っていた。若く細っている女である。女優なみのスタイルで、映画に通りすがりの役として出演したことを鼻にかけている嫌な女だ。

 彼女も旅を楽しむつもりだった。

 この後森沢にあんな悲劇が起こるとは誰も知らずに、この時クリスマスは街を走っていた。

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