39
「世界が終わる前に、私たちはこの世界の外側にでないといけない。……ううん。私たちじゃない。『久美子ちゃんが』、この世界の外に脱出しないといけないんだと思う」
三島神社の横にある古い木造の倉庫から取り出した古い一冊の古文書を読みながら、そんなことをさゆりちゃんは言った。
「私が、一人で?」久美子は言う。
「そう。一人で」さゆりちゃんは言う。
「そんなの嫌だよ。私は信くんやさゆりちゃんとずっと一緒にいたい」
「それはだめなの」
さゆりちゃんは言う。
「どうして?」
泣きそうな顔で久美子は言う。
「私たちと久美子ちゃんは、初めから『別の世界の人間』だったからだよ」とさゆりちゃんは少しだけ寂しそうな顔をしてそう言った。
「別の世界?」久美子は言う。
「うん。それはね……」さゆりちゃんは言葉を続ける。
そんな二人の会話を先頭を歩く信くんは手に木製のバットを持ちながら、黙ったまま聞きながら、歩いている。
そろそろ時刻は夕方になる。
もう朝から歩きっぱなしでくたくただけど、まだゆっくりと休むことはできない。『夜は闇闇の時間だからだ』。私たちは今のうちに、なるべく早くに、時雨谷にあるあの『長いトンネル』のところにたどり着かなくてはいけないだろう。
三島久美子はそんなことを考えながら、灰色の空を見上げる。
その空からは、今にも雨が降り出しそうに思えた。
……雨。……もう直ぐ、この世界に雨が降る。
冷たい、冷たい、雨が降る。
その久美子の思いの通りに、世界に雨が降り出した。
すると急激に世界の温度は下がり始めて、そして世界は急激に暗い闇に閉ざされ始めた。
それは、少し、(山の天気に慣れている久美子たち、山の子である三人の子供たちでもおかしいと思うような)あまりにも急激な変化だった。
「まずい。これはただの雨じゃない」さゆりちゃんは言う。
そのさゆりちゃんの言葉を肯定するように、世界に不穏な空気が漂い始める。雨つぶ混じりの冷たい風が山間の〇〇町の中を吹き抜けた。
その風のあまりの冷たさに、久美子はぶるっとその体を震わせた。
「……急ごう。これは、本格的にやばいかもしれない」
真剣な顔つきで信くんが言った。
久美子とさゆりちゃんは「うん」「わかった」と言って、うなずいた。
それから三人はまだ小ぶりの雨の中を傘もささないままで、走り始めた。まず目指すところは、あの氾濫した〇〇川の橋の代わりをしてくれている横転した、水色のバスのあるところだった。
雨が強くなる前になんとか〇〇川を渡らないといけない。
久美子は、はぁ、はぁ、と息を切らせながら、信くんの背中を見て、土色の道の上を走り続ける。
その間、久美子はずっと、『いつも首から下げている、三島神社のお守りをぎゅっとその右手の中で握りしめていた』。
その久美子が生まれたときに、三島久美子に贈られた『神様からのお守り』が淡い光を放っていることに、このとき、まだ久美子は気がついていなかった。
闇闇が三人を襲撃したのは、三人が〇〇川の横転した水色のバスのところに、たどり着いたのと同時刻のことだった。
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