27

「……もう、闇闇はいなくなった?」

 まるで久美子が見た光景をさゆりちゃんも見ていたかのように、さゆりちゃんがそう言った。

「……うん。もういないと思う」

 久美子は周囲の闇をきょろきょろと見渡しながら、さゆりちゃんに言った。(その真っ暗な闇の中には、闇闇はいないように思えた)

「じゃあ、話を続けるね。さっきまでよりも、小さな声になっちゃうけど……」

「……うん。わかった」

 久美子はなるべく小さな声でさゆりちゃんにそう言った。

「本来のシナリオであれば、さっき話した通りに私たちの暮らしている○○町は大雨によって大洪水に見舞われて、水没し、この世界からなくなってしまう」

「あるいは、私の空想した世界のように、真っ暗で起きな巨大な闇闇が、洪水のように○○町を飲み込んで、『世界中の人たちから、○○町とその町に住んでいた私たちの記憶が失われてしまう』」久美子が言う。

「……そう。そういうこともあったかもしれない」

 少し考えてからさゆりちゃんは言う。

「でも、ここで少しシナリオに変更がなされた」

「どうして?」

 久美子は言う。

「私たちが『この世界の仕組み』について気がついたから」自信に満ちた顔でさゆりちゃんは言う。

 そのさゆりちゃんの言葉を聞いて、なるほど。それはありそうなことだ。と久美子は思った。

「闇闇はこのままだと、きっと『久美子ちゃんに逃げられる』と思って焦っている。そしてシナリオを早めて、本来のシナリオよりもずっと早い時間に、『この○○町を崩壊させよう』と考えているのかもしれない」

 久美子は沈黙している。

 ……黙ったまま、じっと真剣な顔でさゆりちゃんの話を聞いていた。

「さっきの、私には見えないけど、きっと久美子ちゃんが見た闇闇も、そんな闇闇の焦りの現れなんじゃないかと思うの。もしかしたら、さっきの割れた鏡だって、そうなのかもしれない。私にはわからないことばかりだけど、とにかく闇闇は三日もまたずに二日後、あるいは明日かもしれないけれど、この世界を終わらせようと、今もこの真っ暗な夜の中で、そんな企みの会議を眠らずに永遠としているのかもしれない」さゆりちゃんは言った。

「私たちはどうすればいいのかな?」久美子は言う。

「とりあえず、逃げる準備はしたほうがいいと思う。それは非常用のリュックサックがあるから、そんなに大変なことじゃない。それと、これは私の予想だけど、もしかしたら、明日の朝になれば、今までよりも『劇的な変化』が、私たちの周りに起こるかもしれないと思っている」

「劇的な変化」

 久美子は言う。

「うん。劇的っていうか、直接的っていうのかな? そういう変化。もう『こんな子供じみた劇は終わりにしようってこと』。闇闇の企みが私たちにばれてしまったのだから、もう隠れてこそこそと私たちを怖がらせたり、ここが本物の○○町だって、久美子ちゃんや私や信くんに思い込ませる理由もないってこと。だから、もう子供騙しの劇はやめて、この世界が、もっと本質的な姿を、つまり正体を現してくるんじゃないかな? って、そんな気がしているんだ」

 さゆりちゃんは白くて長い指を一本だけ、自分の下顎に当てながらそう言った。

「なるほど」

 久美子は言う。

「そこが私たちと闇闇との本当の戦いの場所になるってことだね」久美子は言う。

「そういうこと」

 にっこりと笑ってさゆりちゃんは言った。

「……まあ、戦うっていっても、私たちは『ただ全力で闇闇から逃げるだけ』だけどね」

 ふふっと笑って、まるで遠足の日でも待っている子供のような顔で、さゆりちゃんはそう言った。

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