前世が魔法少女だったから転生してもすぐに魔女になれました。怪人もいないみたいだからとりあえずスローライフをすることにします

真夜ルル

プロローグ

 私の名前は樋口湊。

 どこにでもいる普通の女子中学生。

 今日は春休み最終日です。

 明日から高校生としての新しい生活が始まります。

 今思えば今日までの日々は色んな物に縛られたカオスに極まった不自由な生活でした。


 あれはそう、三年前のこと。私が晴れて中学生になって初めての登校日。

 私は一匹の変な生き物に出会いました。

 路地裏の青いごみ箱の上にそいつは座って私を見ていました。

 ウサギみたいな小柄な動物みたいな白い色で、トイプードルみたいな耳が四つも生えていて、種類の異なる五本もの尻尾を生やした不気味な生き物でした。タコの足とかイカの足とか、あとは確か猫の尻尾だったでしょうか? 具体的には分かりませんが確かに同じ尻尾は生えていませんでした。

 そいつは私と目が合うとこう言ってきたのです。


「お前、魔法少女にならないか」


 と。

 放心状態だった私に構わずその奇妙な化け物は私に向かって飛びついてきました。

 そして思いっきり私の二の腕に噛みついたのです。皮膚が裂けるほどに強く噛みつきやがったせいで私の綺麗な腕からは血が一滴流れました。

 化け物はその血を肉球ですくうと口元に運んで行ったのです。

 十分に堪能した後に五つもある尻尾を振ってこう言いました。


「お前、やっぱ才能ある。これからよろしく頼む」


 それから私は登校中だというのに卒倒しました。

 気が付いたのは学校の保健室の中でした。まさかの入学式初日に遅刻した挙句保健室に運ばれるという不遇なスタートを切ってしまったのです。

 しかし、その際に気が付いたのですが噛まれたはずの二の腕には噛み跡が見当たりませんでした。

 その理由は下校中にわかりました。

 下校中に出会ったのは一人の奇妙な男性でした。

 見ただけでわかるほどその人はもはや人ではありませんでした。どういうことかと言えばその人の顔の半分はタコのような皮膚になり鼻のような突起口から墨を垂れ流していたのです。

 一時は幻覚を見ているのだと思いました。しかし、唐突にどこから現れたのかあの耳が四つ、尻尾が五つの化け物が姿を現して私に言います。


「そろそろ頃合いだ」


 ああ、こいつ、幻覚じゃなかったんだとがっかりした私。そんなこともお構いなしにそいつは木の枝を投げつけてきました。——どこから投げた?

 私はそれを見逃し、枝は地面に転がっていきました。


「それを使って変身するべき」


「?」


「お前ならこいつも軽く捻りつぶせる」


 化け物は変な男性の前に立ちはだかり、高らかと自信ありげにそう言いました。たくさんの尻尾をフリフリとして。

 変な男性はその化け物に気づくと少しずつ近づいていきました。急に突起の部分が膨らみ、勢いよく墨を吐き出しました。

 しかし、どういうことか化け物は一切動きません。余程自信があるみたいです。——無駄に多い耳や尻尾は伊達じゃないってことでしょうか?


「そんな攻撃が僕に通用するとでも? こっちには魔法少女がいるんだ。そんな液体なんか簡単にはじき返してやれる」


 ふと化け物は私の方に視線を送ります。

 しかしです。私は変身しているどころか投げられた木の枝すらも手にしていません。それどころか呆然とした表情でただ見ているだけでした。

 それが想定外だったのでしょう。

 化け物は分かりやすく目を丸くして叫びました。ぎゃ! って。


「なんで持ってない!! お前やば。まじやば!」


 化け物は逃げようとしたのでしょうが自分の尻尾に絡まり転んでその上から墨を全身に浴びてしまいました。

 あーあ。可哀そう。洗濯しても落ちなさそ。


「お願い、木の枝、取って」


 化け物は震えた声でぼそりぼそりと呟きました。

 このよくわからない状況に思考が付いてこない私でしたが、素直に言葉に従って木の枝を拾い上げました。

 どう見ても普通の枝。

 特徴としては桜のつぼみが一つ二つ付いている、ぐらい。


「はやく変身って言って。言え!」


 切羽詰まったようすの化け物。


「え、いやだけど、はずいし?」


 当然嫌に決まっている。なんでそんなことを言わなくちゃいけないの?


「お願い! マジで。マジでマジで。……マジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジでマジで」


「……」


 仕方がないので私は杖を片手に「へんしーん」と棒読みで呟きます。

 すると体を何か変な感覚が流れ、一瞬だけひんやりとした感覚がした次の瞬間にはあっという間に私の制服はフリルの付いたアイドルみたいな衣装になりました。


「わぁっ」


 後ろも前も靴下すらも完全に持っていない可愛らしい物に変わってしまいました。え、私の制服は? 高かったのに!

 私の変貌を見た化け物はさらに口調を荒げて言います。私の心境などどうでもよいと言わんばかりに。


「杖、向けて、風を思い浮かべて!」


 杖?

 気が付くと私の持っていた木の枝はいつの間にか丈夫そうな杖に変化していました。

 言われた通り風を思い浮かべて杖をそっと振り回してみると微力でしたが心地の良い風が全身を撫でました。

 拍子にスカートが少し翻ります。

 これって私が生み出したってこと?


 私は杖の先を変な男性に向けます。

 そして風のことを想像します。……しかし一向に吹きません。

 ? もしかして振ったことが関係しているのでしょうか?

 ということなので思い切り振ります。

 ——ぼふっ! と分厚い風の音が鳴り、瞬間的に私の前方をえげつない威力の風が吹き荒れました。そして変な男性はなされるがままにぶっ飛んでいきました。


 これが初めての魔法少女体験でした。

 それ以来、唐突に私の前には変な姿をした人たちが現れては私にぶっ飛ばされてを繰り返しました。セミのような風貌の人には火を炙らせたり、鳥のような人は氷漬けにして差し上げたり、それはそれはもうバリエーション豊富なやり方で始末してあげました。

 あの耳と尻尾が多い化け物から聞いたことですがそういう人は怪人らしく、人の姿を真似て人類侵入を図っているのだそうです。

 まぁですのでいくら始末しても問題はないとのことでした。


 それから魔法少女としての活動が始まったのですが。

 ただ私としては一つだけ思うところがあったのです。

 それは私こと樋口湊が怪人を退治している魔法少女であることが世間にばれてはいけないという忌々しいルールでした。

 どうも怪人の存在を知られないようにするために魔法少女の存在も知られない方がいいとのことらしいのですが、どうですかね?

 普通に考えておかしいですよね。

 なんで頑張っている私は褒められないんですか?

 毎日毎日、学校に行っては授業を聞いて、さらに家に帰っては家事をしてしかも宿題まで片付けて。ただでさえハードモード人生なのにそれに加えて魔法少女として怪人退治。

 なんで?

 だから私は化け物に言ってみました。


「いつまでこれやらなきゃいけないのさ?」


「そりゃ……怪人がいなくなるまでだけど?」


「……嫌だけど?」


 まぁもちろん喧嘩しました。大喧嘩です。物を投げてやりました。……コンパスを投げたのは悪いと思っている。

 そのおかげか化け物くんは高校生になったら終わりにしてくれると言ってくれました。

 だから私はその日のために懸命に怪人を退治していったのです。


「——そして、とうとうこの日が来た!」


 私は真っ暗な部屋で鏡の前に立つ。

 後方で座っている化け物くんを見ながら言う。


「これでいいんでしょ?」


「うん、ありがとう。本当に」


「うん」


「でも本当にもう辞めちゃうの?」


「当たり前じゃない。だってこれまで一度も友達と遊べなかったし、恋人だってできなかったし。なんなら修学旅行にすら行けなかったんだよ? せめて高校生では青春をしたいに決まってんじゃん?」


「……そっか」


「?」


「ごめんね。怪人の秘密はこの世界を生きる人は誰であっても知られてはいけないの。だから、魔法少女じゃなくなった君は——」


 そう言うと化け物くんは鏡の後ろでぐんぐんと巨大化していきます。

 とっさに振り返ったのにその姿を肉眼にうつすこともないまま私は視界が消えてしまいました。


 それから気が付いた時、私は風に吹かれていました。

 スーッと身体を通り抜ける爽やかな風が優しく髪を靡かせ、肌を撫でてきます。

 視界には漠然と広がる青と白の空に永遠と続く草原。

 心地よい空間でした。昼給食を食べ終えた後に眠ってしまったときのような感覚。


「——え」

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