第4話 工房
これ以上、深く話しても無駄だと感じたのだろう。
「ま、それはそれでいいんだ。そんなことよりもお兄さん、俺の
「え?! あ、はい!」
突然話を振られたセリオスは、飛び上がる思いでリシュリオの方に慌てて目を向けた。今の今まで、ずっと彼女の横顔を無意識に伺っていたのだと自覚して、途端に恥ずかしく感じた。
セリオスは右手の奥を慌てて示した。
「そっちにある脇の作業場入り口を開けるので、外から回り込んで、
「いや、ホントに助かるよ。あちこち工房を訪れたのに、どこも店仕舞いしてしまっててさ。参ったよ」
「え……店仕舞い、ですか……? そんな筈は……」
工房の奥の扉を開けに行こうとして、セリオスは眉を顰めて首を傾げた。
セリオスが知る限り、他所の工房が休みを取ることはまずない。あるとしても、何処もかしこも閉まっているという事は無い筈だ。
それでも閉まっていると言うならば、何か余程の理由があったのだろうか。そこまで考えても、セリオスには『余程の理由』になるものが心当たりない。
「お兄さんは何も聞いてない? さっき別の工房近くに居た人が言っていたんだけどね。どうも街の外れに壊れた
「
「ああ。でもそれを直して欲しいって言ってきた奴がいたらすぐに知らせろ、従わないと痛い目見るぞって、圧力をかけて回ってる奴がいるみたいでね」
「え……」
「それでどこも損害出される事を恐れて、店仕舞いしてるってさ。ほんと、困っちゃうよな」
やれやれと、少々わざとらしく首を振ったリシュリオに対して、困惑した様子で思わず声を漏らしていたのは、他でもない少女だった。セリオスがそっと彼女の顔色を伺うと、どこか難しい表情で唇を引き結んでいた。
もし仮にそうだとしたら、彼らを迎えた少女の行動は危険な事だったのではないか。そんな予感が、一瞬脳裏を掠める。
だがそれも、長続きがしなかった。
今さら気にしても仕方ないかと、セリオスはさっさと切り換えて、扉を開けに向かった。
久しく開けていなかった錠は、少しばかり埃をかぶっていて、手入れをしなくてはいけないなとふと思う。
「どうぞ」
「ありがとう」
招き入れてから、作業場の散らかり具合が気になった。
「手狭ですみません。そっちの作業台側に寄せてください」
「解った。フロント部分なんだけど……持ち合わせ何か有るかな」
「見てみます」
ただでさえ広くない工房の作業場は、セリオスの
やはりリシュリオの
どっしりとした見た目と、見たことない装飾に、走った時にどんな効果があるのだろうかと知りたくてうずうずしてしまう。速さと力強さを兼ね揃えていそうだ。
反重力装置は搭載しているのだろうか。そういえば先程見た急発進は、既製品では出せない勢いがあったなと、セリオスの密かな興奮は冷めやらない。
フロント部分はぶつかった衝撃に、やはり歪んでしまっている。裏に転がしている造りかけのものから、何か対応できそうなものはあるだろうか。いや、取り換えられる部品を捜すよりも、歪みを直した方が良いだろうかと迷う。中の基部まで深刻でなければ、その方がいいかもしれない。
「すごいね、あれ。君が作っているの?」
「え」
考え込んでいる中に訪ねられて、セリオスは慌てた。
「あ、はい。見よう見真似ですけど……」
「そっか。良いセンスしてる」
近くで見ても良い? と、訪ねられて、セリオスはより焦った。
恥ずかしいような、誰かに見て欲しいような。どんなことを言われてしまうだろうかという不安と、些細なことでもより良くするための意見が欲しい葛藤があった。
それも僅かな間のことで、「どうぞ」 と恐る恐る答えると、嬉しそうな笑顔を返された。
「わ、ありがとうお兄さん!」
言うや否や
「悪いね。あいつ、機械バカだから、人の作ったものにも目がないんだ」
「あ、いえ! 自分も……経過を誰かに見て欲しかったので、むしろ有り難いです」
「はは、気が合いそうで何よりだよ」
自然と笑顔が浮かんでいたのは、セリオス自身も自覚はない。対面していたルーザただ一人だけが、可笑しそうに僅かに口許を緩めていた。
セリオスはパーツを取り外す為に、フロントの脇にしゃがみこんだ。早速丁寧な仕事を見つけて感心する。
きっと少しでも風の抵抗を減らす為なのだろう。目立った場所にない金具は、全て覗き込んで初めてその存在を知った。
歪んでしまっているせいか、工具を差し込んでも金具が緩む気配はない。困ったな……と、無意識に呟いていた。油をさせば変わるだろうか。表面のカバーですら、壊して外すのが何だか惜しい。
きょろきょろと作業場を見回して、何処に油を置いていたかと探した。応急的に見つけた油をさしてもう一度金具を差し込むが、僅かながら手応えが変わりこれなら行けそうだと唇を舐めた。
ただ丁寧にやるには、時間がかかりそうな気がした。彼らが空賊だと言うならば、恐らく長くは滞在出来ないだろう。
セリオスが一度手を止めてどうしたものかと頭を捻りながら悩んでいると、彼の横を抜けていく姿に気がついた。何かを決意した様子の少女以外に他ならない。
彼女は未だに
「あの、リーダーさん――――で、いいのかしら」
「うん?」
「折り入って、お願いがあるの」
少女の真剣な様子に、リシュリオも釣られたのだろう。不思議そうにしながら顔を上げていた。
「頼み?」
「そう。私と、それからあのお兄さんを、貴方達の飛空挺に乗せて欲しいの」
「君たちを?」
「は?!」
何故自分もそんな事をしないといけないんだ、と。セリオスが問いただすよりも先に、少女は続けた。
「お願い。何も聞かないで、私たちを乗せて。どうしても、行かないといけない所があるのだけど、そこに行く手段がないの」
「何故、何も言えないのかな。相応のリスクがあるって事だよね?」
「解ってるならそう言うことよ。貴方達の為に、何も知らずにいて」
きっぱりと告げた彼女に、リシュリオは悩ましそうに腕を組んでいた。その姿を、少女もルーザも静観している。
だが唯一、そんな彼らにセリオスは聞き捨てならなかった。
「あの、ちょっと待ってってば! 何で君が、僕の事まで巻き込んで来るわけ?! 関係ないじゃないか」
「…………あるわよ」
少女は仕方なさそうに首を振ると、少し迷ったのちにセリオスの元にやって来た。耳打ちするように声を落として、セリオスの事を見上げていた。
「貴方の親方さん、アズネロって名前じゃなかった?」
言われて息が詰まる思いだった。
「なんでそれを……」
思わず目を見開いたセリオスに、少女はやっぱりと苦笑した。
「一緒に来た方が、親方さんを連れ戻しやすいはずよ」
「……一体君は、何を知ってるって言うんだ」
「盟約の為に姿を消した親方さん、何処で何をしてるのか、いつ帰ってくるのか知りたくない?」
「それは……」
セリオスには、肯定も否定も出来なかった。知りたくないと言えば嘘になるし、だからと言って迎えに行って意味があるとは思えなかった。
「ここで何もしないで待ち続けるよりも、行動した方が貴方の為になると思うわよ」
確信を持った表情で告げられて、セリオスは沈黙した。悔しそうに強く握った拳を誤魔化そうとして、堪らず息を吐いて視線を反らした。
少女はセリオスの反応を肯定と見なしたのだろう。リシュリオを振り返った。
「お願い、リーダーさん」
私たちを乗せてください、と。再度告げられたリシュリオは、ひょいと肩を竦めた。
「別に俺としては構わないけどね。アズネロ親方の弟子とお近づきになれるなんて、願ってもないし」
「あの、親方を知ってるんですか?」
セリオスが力なく訪ねると、意外そうに瞬きしていた。
「知ってるも何も……反重力装置の制御の確立とか、安定する機体の定義とか、色々手掛けているよね。ほら、君の
「さあ。僕は君みたいに詳しくないから機械のことは知らないけど、アズネロさんの噂は聞いたことくらいあるね」
「飛空挺乗りやってて知らない奴がいたら、モグリだと思うよ」
「そんな……」
全然知らなかった。呟くまでもない言葉に、リシュリオは苦笑した。
「まあでも、功績を誇るような人じゃないって聞くしね。身内でもある君が知らなくても無理ないよ」
「そう……ですね」
セリオスが苦く笑ったのは、心当たりが余りにも有り過ぎたせいだ。
「まあ話すよりも、怒号と手が出る人だし」
「あっはは! いいなぁ、お目にかかりたいな」
故についぽろりと出た言葉は、何よりも真実を語っていた。それに釣られたリシュリオが、からからと笑う。
「それでお兄さんはどうするの? 俺としては、君の意見を尊重するけど?」
「僕は…………」
答えようと口を開けて、躊躇って閉口した。悩むセリオスを、リシュリオは辛抱強く待っていた。
やがて一つ溜め息をこぼすと、緩やかに首を振った。
「すみません、一晩考えさせて貰えませんか。この
「そっか」
そうだよね、と。リシュリオの寄り添う言葉にセリオスはほっと胸を撫で下ろした。
「君もそれで構わないかい?」
もう一つリシュリオが振り返ると、少しばかり不服そうな少女があった。
「私にはもう選択の余地ないもの。でも、私の意見としては、明日なんて言わずにお兄さんは来るべきよ」
「君も強情だねぇ」
「仕方ないじゃない。その方がいいって思うんだから」
お兄さんの身の安全の為にも、と。ぽつと続けた言葉は、相応の思いが込められているようだった。
ただそれには、セリオスも答える事はしなかった。そっぽを向いて、自分の意思を守ろうとした。
「それじゃあ俺らは、また明日にでも出直してくるかな」
二人の微妙な空気感を破るように、リシュリオは手を打った。
「……って、言いたい所なんだけど。お兄さん、俺残ってもいい? 俺の
いいよな、ルーザ? と、振り返った姿は肩を竦めただけだった。自分が意見するだけ無駄だと知っているせいだ。
「そうだと思った。好きにしなよ。僕は今から宿でも探して、のんびりして来るとしようかな」
胸ポケットに入れていた懐中時計を確認したルーザは、どこに宿があったか思い出そうとしていた。
「お兄さんも、構わない?」
「ええと、ええ、まあ」
セリオスとしても、人手があるのは大歓迎だった。
「それなら上に空き部屋あるので、シーツ変えれば使える部屋ならありますよ。こだわり無ければ……ですけど」
「ありがとう、助かるよ」
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