遺言 〜イラつく命〜

明鏡止水

第1話

「ねえ、なんで遺言って、認められるのに。

わざわざ遺書って書き物がのこされるのかな……」


……彼女はメンヘラだったのかもしれない。

はっきり言って鬱陶しかった。

ウザかった。

でも、クラスであぶれるもの同士。

どうしてもペアを作る時は組まなきゃいけないし、他の子達に取り入ろうと努力しても、また、彼女とまとめ括られることになる。


いい加減、この子と離れたいな。心が疲れる。

高校は別がいい。


だっていうのに。


「志望校、いっしょだね……」


頬杖をつきながら、私はその発言を聞いて


(あんたがカブらせたんでしょ……)


と憂鬱になった。


灰色。あんたのせいでみんな灰色だよ。


私の薔薇色はどこ?


高校へ進学すればデビューできる、とはいかないかもしれないけど、「新しい友達」を作ることはできるかもしれない。


切るか、あの子。


うじうじベタベタしてくる女が一緒に行動してくるなら、いっそ一人の方が気楽だ。

もしかしたら◼️◼️ちゃんが無視するの、辛くて……と、さも悲劇のヒロインぶって◯◯は他のグループや女子に取り入ろうとするかもしれないけど。


(その場合、私は孤立する……)


でも心労よりはマシだ。


私はその日からキッパリと彼女に意見を言い、すがってくるようならツンと取り澄ました。


すると、どうだろう。


すげなくあしらわれている彼女より、孤高を目指した私の方が他のグループ、しかも数人のクラスメイトに気にしてもらえるようになったのだ。


「◼️◼️さんてまえ◯◯さんと話してるの聞いたけど新しいカギとかエンタの神様好きなんでしょ?

芸人さん誰が好きー?」


「今まで二人とも密着率高いからさー、遠くから見てたけど、どうしたの? けんかしたの?」


「ぶっちゃけて、ぶっちゃけって今も言うかな?!

しょーじき体育とか行事でくっつくのどんな気分だった?」


「むりにつよがんなくていいよー、本音ちょうだい、本音!」


私は近づいてきてくれるグループを前に、これが今まであの子に奪われていた他のクラスメイトとの親しみ方なんだと思い、心にほどけていくものをかんじながらそれぞれに慎重にゆっくり、返答していく。


結果、私は


〈連れ添った疲れる子よりも孤高を選んだ強い意志を持つ個人〉


として認められ、他のグループにその自立性を支持してもらえた。


残ったのは◯◯。


◯◯は休み時間も一人机に向かうことが多くなった。


そして、取り入れられそうな生徒を感じると、必殺。その子にお手紙を授業中回すのだ。


休み時間。


A子が


「◯◯さんからこんなん来た……」


とメモの切れ端をよこす。


内容はA子の好きなアニメの好きなキャラクターがカッコいいかも! と思います、という。


裏を返せば、一緒に推しのお話をして仲良くなりましょう、してください。


な、内容だ。


「うざいね」


なぜなら◯◯はA子の好きなキャラクターのことなど少しもカッコよく感じていなくて、下心は単に話して一人でいたくないからという気持ちが滲み出ているから。A子なら話せそう、次のお友達。


……こういうのがいやなんだよ……。


けして◯◯も好きなものや嫌いなものがない、無味乾燥な人間ではないと思う。好き嫌いや人柄が薄っぺらくたって他人と付き合える人はいる。でも。


「取りいる気満々ですこしも思ってないよね」


それならそれでいいのに余計な欲を出している。


誰かが言う。


「べつに。わたしらも無視したいとかイジメたいとかじゃないんだけどさー……。なんか、イラつくんだよね。あ、ごめん、◼️◼️、今までずっと◯◯といたのに……」


その頃には、私はもう他のグループや複数の女子に自主性を認められて、一人の仲間として馴染めていた。


「ううん、いいんだよ。私も四六時中つきまとわれて疲れたのが離れた原因だし……」


「そ! あいつ付きまとうんだよ!」


「ロックオンされる!」


(やがてコッチまで落とされる……)


カーストもだけど気分でもそう。


周りの女子たちが手紙たるメモを回し読みしながら痛感、痛烈批判する。


遠くの◯◯は手紙が外部たる他の女子たちに批評されていることに気付いたようだ。


給食前に◯◯が久しぶりに近づいてきて聞いてくる。

「……A子さんへの手紙、どうなった?」

「Bさんのところだけど」

「えっ!!」


Bさんはイジメこそ絶対しないし、特にキツイ性格でもないけれど、◯◯みたいな態度で他人に擦り寄るタイプには厳しい女子だ。


何も言わずに、◯◯は戻っていく。


やがて、月日は経ち、卒業に近くなった頃。


初めてケータイに◯◯から電話の着信が来た。

出てみた。


「もしもし」


「あ、◼️◼️。初電話だね」


うっとうしー。


「ああ、うん。なに?」


「うん、わたし、なにかしたかな?」


「……。なにもしてないよ」


何もしてなくても、存在が邪魔ではなくても、その在り方がうざったかったけどね。


「そっか。……そっか。わたし、なにも、してないんだ……」


消えていく声。


「じゃ、別の高校でも元気でね」


消えゆくものに付き合わない。私は◯◯から解放された途端、他の友達のおかげで視野が広がり、成績も伸びて電車で1時間以上かかるけど偏差値まあまあ高い所へ他の人と通うことができる。


やがて、卒業式。


「ねえ! ◯◯! きえたって!!」


一人の女子が言った。


その場のみんなでしん、っと静まり返ったが。


これから卒業式で、つぎ高校生だし。


式がつつがなく終わる。


やがて、クラスで先生がまとめに入る頃。

喪服、だと思われる、真珠の首飾りをした女性が入ってきた。◯◯があと二十歳くらい老けたらこんな感じ、というほど似ていた。


「◯◯の母です。担任の先生に許可をいただいてお話しさせていただきます」


女性はクラシックなノートを一冊持っていて。


「◯◯の、遺言です」


とノートを掲げて告げた。ノートのタイトル枠には「遺書」とある。


遺言。遺書? どっち。


そこで担任の先生が言う。


「◯◯さんは、姿を消しました」


静寂。皆のなかで、失踪? という疑問符が湧く。


先生もずっとホチキスで綴じられたプリントの束を持っていて、嫌な予感がした。


「お母様から許可を得て、◯◯さんの『遺言』を抜粋したものをプリントにまとめました。みなさんに、今この瞬間見ておいてほしいです」


とんでもないことするなあ。


プリントの束が前席から後ろへ配られる。


ノートの罫線と、丸文字と癖字の中間くらいの文字が印刷されていた。


〈人は最後に発した言葉が本心だと思う。遺言だ。でも、今際の際は気が動転していておかしなことを口走って死んでしまうかもしれない。だから、遺言、って。とてもいいものかと思うけれど、それもやっぱり書いた時と後では気持ちが変わるかもしれない。


わたしは学校が好きで、憂鬱で、でも嫌いで、優柔不断だといつも親から言われてきたけれど、本当に毎日同じことが起きるわけではない、と希望を持って通いたかった。結果は毎日同じ人としか喋らない、宿題の日々だった。

わたしも、友達と転げ回るくらいに爆笑したかった。


遺言を、執筆しよう。

それは、遺書になる。


天国か地獄で会ったら、みなさんどうかわたしとお話ししてください。


たぶん、わたしの学校生活は寂しいものだったから。


追伸


わたしは自分がどうウザかったのかわからないので、いつか教えてください〉


読み終えた後、これが遺書?

日付も指示も署名もなにも無いじゃないか、と生徒全員。

感じたが、まあ、抜粋だし。

なんかもっとノートには色々書いてあるんだろう、と想像した。


どんな気持ちで、◯◯はこの遺書を書いたのか。

今どこにいるのか?


「高校の入学式までには必ず出てくるでしょ」


解散前に生徒の一人が言う。


「…………、死んでたら?」


「……………」


長い沈黙が双方続く。


「メンヘラってさあー、パパ活向いてそう」


「それは、言っていいの?」


消えた◯◯と。

意味を成さない遺書。


「これってさ、母親が出てきたあたり、俺らが悪い的な?」


「あのノートに他にも書いてあったのかもね、クラスのコト」


まさか、クラスメイトがひとり「消える」なんて。


ふと、私は思い当たる。


「ケータイってさ、GPSで追えないの?」


もうすぐ解散するクラスがおおっ! となってから。

ケーサツがやってるんじゃね? とまたすぐ元の空気。


やがて。


月日はめぐり。


スマホに着信が入る。


「◼️◼️ちゃん、おはよー!」


「もうかけてこないで。着信履歴も、なにもかも『ウザい』の」


「だって、トモダチ◼️◼️ちゃんしかいないんだもん!」


「とっくに友達でも知り合いでもない。人に寄生しないでよ。迷惑」


すると電話口のむこうでしおらしく◯◯が気を引きたくて涙声で訴えてくる。


「なんでそんな冷たい事言うの? わたし、まえよりずっと大人になれたよ……。◼️◼️ちゃんの邪魔なんてしてないし、生きてるだけで人ってえらいんだよ……」


「でも私につきまとわないで。二度と! 電話してこないで!」


「嫌ならケータイ変えればいーじゃん!!」


「それを言うならスマホの番号変えればでしょ。設定が大変だからそのまま使ってるの。もういい? あなたに余計な情報与えたくないから」


冷たいとは思わない。なぜなら。


「なんで?! わたし、◼️◼️ちゃんのせいでおかしくなったのに! なんで冷たい人の方が幸せになるの?! 冷たい人の方が大人なの?!」


ここらで、こら! ◯◯! とあの母親の声がする。

強制的に切られる電話。


冷たい人の方が、大人、か。


落ち着いた人や冷静沈着な人ほど仕事ができるイメージだけど。


おっと、引っ張られちゃいけない。


「ままぁ!!」

愛息子が私を呼ぶ。


「うーん? どしたあ?」

と私も笑顔で答える。


夫が二人目を抱っこしながら、大丈夫か? と聞いてくる。


「うーん、大丈夫」


社会に置いてかれて適応できない人もいる。


(あの時切って正解かも)


たとえ彼女の言う通り私が元凶だとしても。


私は遺言や遺書を考えている暇はない。


人生で暇な奴が考えてるのよ、と考えが浮かんだところで反省する。


追い詰められた人や本当に余命わずかな人や、高齢者がのちのちのことを考えてしたためることもあるわよね。


いつか本当に必要な時が来るなら、私は「まとも」な文章を書きたい。

少なくとも、学生時代の◯◯はまだ、まともだったと思う。


依存しないで欲しい。他人が引っ張ってくれるのが当たり前なんて楽しないでほしい。


今はただ、ほんとうにイラつく。








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