自撮り聖女は推しのライブまでに元の世界に帰りたいので忘却の霧を払います

橙山 カカオ

紺屋町


 熱のこもった少女の声が、夕暮れの人込みに響いた。


「来て、来て、お願い……っ!」


 スマホを握り締めた少女が一人、雑踏の端で切実に祈っている。

 紺色を主にした高校の制服。先端の二割だけ桃色に染めた茶髪。青に星をちりばめたようなネイル。人込みでも目立つ少女を、同じ高校の制服を着た友人が呆れた顔で見ていた。


「まつり、早く行こーよー。ねー。オムライスが私を待ってんだよー」

「確認するだけだから! すぐ終わ……」


 声が途切れる。スマホを掴んだ手が震え、身体に力が入ってこわばっているのが外からでも見て取れるほどだった。


「……どした?」

「当たっ――っだぁあああ!!!」


 弾けるような快哉。

 軽く飛び跳ねて喜びを表現する少女――石堂 まつりのスマホには、こう表示されていた。


『チケットが当選しました』


「おめじゃん。何とかってバンドだっけ?」

「ロンペン! 〈ロンリー・ペンギン〉! 初めてのアリーナ!」


 喜びのあまり単語を口にするしかできないまつりは、腕を振ってその喜びを伝えようとするが、友人は興味なさそうに頷くだけだ。その肩をぐいと抱き寄せて、まつりはスマホを掲げる。


「また自撮り? ほんと好きだよねー」

「嬉しすぎるんだもん、撮らなきゃでしょ。……やっべ、顔にやける」


 手の甲側を見せるピースサインをして笑うまつりと、抜け目なく頬に手を当てた友人。こだわりの角度で画面に収まり、シャッターのボタンを押した瞬間……まばゆい光がスマホから広がりまつりを包む。


「……へぁ?」


 カメラのフラッシュとは比べ物にならない、真っ白い光が、柱のように溢れて……唐突に消えた。


 まつりの姿は、影も形もなくなっていた。

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