第29話 フィーネ視点 伝統と思い込み
あたしはフィーネ。
『尊き木々の狭間の写し身』というエルフの国で最も有名な服飾店の娘。
両親の仕事を尊敬していて、あたしも両親のようになりたいと思った。
だから小さい頃から服の勉強をこれでもかとしてきたし、両親も応援してくれた。
その期待に応え、素晴らしい服を作り、国の大会でも優勝できるようになった。
だからもうあたしはもうすごくて、どんなお客の要望にも応える服を作れると思った。
でも、
「フィーネ。あなたは一度外に行ってきなさい」
「どうしてお母さん。あたしはもう学ぶことなんてないわ」
「……フィーネ。この国は伝統的なエルフの服が着られている」
「当然でしょ! エルフの服以上にいい服なんてないわ! そうでしょう?」
「だからこそ、一度外を見てきなさいと言っているのです」
「もう……そこまで言うなら行くけど、帰ってきた時は店長の席を開けておいてよね!」
あたしはそう言ってエルフの国を出て人間の国、ヒュマニアにきた。
「ここがあたしの色に染まる国か。ま、すぐにやってあげるわ!」
あたしはそんな気持ちをもってこの国に来て、両親の紹介で『森妖精の羽衣』という店で働くことになった。
そこで売られている服はエルフが作ったとは思えないものばかりで、なんでこんな物を作っているのかと思った。
だからこれならあたしの作った服に多くの人が群がり、買いに来てくれるとも。
「さ! 大会優勝者の実力、魅せてあげますか!」
そう思い、あたしは多くの新作服を作った。
けれど、それらの服はほとんど売れなかった。
あたしは自分がデザインし、作った服を手に考え込む。
「どうして……売れないんだろう……」
でも、誰もその言葉には応えてくれない。
あたしの服の売り場はドンドン減っていった。
それらは倉庫に移され、極稀に売れた時だけ補充される。
「あ……」
倉庫の服はかなり多い。
だから、自分で掃除をしないとほこりが溜まってしまう。
自分の大事な服がほこりにまみれていて、置かれたままになっている。
今まであたしが磨いてきたものは駄目なのだろうか。
あたしは……あたしがいいと思っていたものはダメなのだろうか。
ずっと大事に思っていたこの伝統的なエルフの服も……外ではなんの役にも立たない。
「はぁ……あたし、もう……帰ろうかな……」
あの貴族っぽい従魔を連れた少女が新しい倉庫を建てると言っていた。
そして、その倉庫はレンガ造りになるとも。
もう……伝統だけを磨いてきたあたしに居場所はない。
そう思っていた。
「失礼いたしますわ!」
「……」
あたしが部屋で矢なんでいると、大きな声がした。
思わず振り返ると、そこにはそのクレアというお嬢様がいた。
「フィーネさん! ちょっと来てくださいますか!」
そう言って彼女はあたしが何も言わないのに手をとって歩き出す。
「いや、ちょっといきなりどこに行くの!?」
手を振り払おうとしても、彼女の手は万力のようで逆らうことはできない。
それでも、なんとか離れようとするけれど、彼女はズンズンと歩いていく。
「行き先など一つですわ! 新しい倉庫が完成しましたので、フィーネさんにも是非見てほしいのですわ!」
「……そう。完成したの」
彼女の言葉に、あたしは抵抗するのをやめた。
でも、倉庫を見たくないとも思い、俯いてただ歩く。
見るのを遅らせれば、そのことが確実にならないんじゃないのか。
あたしの記憶のままの木の伝統的な倉庫であり続けてくれるんじゃないのか。
そう思った。
「さ! 到着ですわ! 行きますわよ!」
「……」
彼女はそう言って、ためらうことなく店の中に入っていく。
「ここが倉庫ですわ! さぁ! どうでしょう!」
「……」
「フィーネさん? お腹でも痛いんですの?」
「……そんな訳ないでしょ!」
ふざけたことを言う彼女に向かってそう叫ぶ。
その拍子に倉庫の中が見える。
「え……」
倉庫の中は以前と同じような木でできた、エルフ伝統の造りだった。
「どう……して?」
「ふふ、フィーネさんがこの様に作って欲しいと言っていたではないですか」
「でも……レンガ造りじゃないと、雨漏りとか……」
「その点は問題ありませんわ! ちゃんと外側はレンガで作っていますから」
「え……そんな……そんなの倍のコストがかかるんじゃ……」
『森妖精の羽衣』も裕福とは言えない。
2つをまとめた金額を出せることは絶対にない。
あたしの疑問に、クレアは高らかに言う。
「コストがかかると言っても、手間賃だけですわ! 倉庫はわたくしたち3人で作っているので、実は材料費を入れても儲けはちゃんと出ていますわ」
「そんな……この規模の建物を……3人で?」
「ええ、わたくしたちにかかれば簡単ですわ」
「すごい……ね」
あたしとは違って。
そんな言葉が出かかる。
「何を言ってますの? フィーネさんの服もとっても素敵ですわよ」
「!?」
あたしは彼女をじっと見るけれど、うそを言っているようには見えない。
というか、あたしの口から漏れてしまっていた?
いや、今はそれより……。
「本当……?」
「ええ、本当ですわ。ただ、わたくしに合わせて優雅な服も作っていただきたいところですが」
「優雅……ドレスで……ってこと?」
「そうですわ。わたくし、ドレス以外を着れない身体なんですの」
「ぷっ……どういうことよ。それ」
そんな風にあたしを慰めてくれる。
とても優しく……素敵な彼女。
そんな彼女のために服をあたしは……。
「そうか……」
「どうされました?」
「そうか……そうなんだ。そうなんだ……ね」
「え? あの、本当に大丈夫ですの? まだ見せたいものはあるのですが……」
あたしは理解した。
今まで、あたしは自分の作った服を相手がただ着ればいいんだと。
でも、そうじゃない。
着る人にだって好みはあるし、相手のことを考えた服を作らなければ着てもらえない。
ここはエルフが多く住む森ではない。
多くの異種族が住む場所なのだ。
様々な種族用の服を、あたしが伝統的なエルフの感性を混ぜた服として作らなければならないのだ。
でも、この服をどうやって多くの人に知ってもらおうか……。
「フィーネさん。ちょっとよろしいですか?」
「ん? なに?」
「実はもう一つありまして、こっちですわ!」
彼女はそう言ってあたしの手を万力で締めて歩き出す。
出た場所は外。
倉庫の外壁の辺りで、外壁には幕がかけられている。
「なに?」
「これをみてくださいな! ティエラ! マーレ!」
彼女がそう言うと、幕がバサリと落ちる。
「これは……」
「これはナ〇ちゃん人形を参考にして作ったディスプレイですわ!」
倉庫の外壁には、巨人のように大きなマネキンが立っていた。
「何のために?」
「この大きな人形用の服を作り、そして着て貰うのですわ。そうしたら、こんな服を売っていると宣伝できるのですわ!」
「なるほど……」
これはいい。
こんな大きな人形に服を着せる。
それができれば、多くの人の目につくだろう。
ただの倉庫が商品を見てくれる場所に変わるのだ。
「どうですの? これに……フィーネさんの服を作っていただく……ということで」
「……あたしでいいの?」
「ええ、もちろんですわ。マーガレットさんにも許可はもらっていますから」
「そう……ありがとう。あたしの……全力の服、作って魅せるわ」
ここまであたしのために、あたしたちのためにがんばってくれた彼女にできる精一杯を。
あたしは全力を持ってやる。
ここからが……あたしの始まりだから。
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