天使のお仕事。

たっきゅん

プロローグ【祠化】

 誰かが言い出した『祠は壊すもの』という発言を鵜呑みにして、世界中で一斉に祠破壊が行われた。木祠は火を付けて燃やし、時には斧で叩き割り破壊する。石祠は重機で叩き壊す。または、壊すと言っても物理的ではなく信仰心への破壊という意味で小さな行為では落書きなどが行われた。


 そして、SNS全盛期のこの時代、瞬く間に広がったこのブームによって1年を待たず、世界にある祠が破壊されることとなった。


「こ、ここにほら。……僕はもう行くね」

「寿志くん道案内サンキュ。おい見ろよ! 本当にこんなところにまだ祠が残ってるぜ!」

「らっきー♪ 翔庸くん、やっちゃう~? っていうか~、やるよね~♪」

「そりゃもち。じゃあ壊す前に写真でも撮っておくか! 壊す前の証拠がなけりゃ俺たちがやったって自慢できねーしな! おい、蒲浦!」

「……ウッス」


 都会の路地裏、その奥にある道の先にある喫茶店『カミール』の裏口から出てすぐ右手にまだ壊されていない小さな祠が今まさに三人組により壊されようとしていた。喫茶店のバイトをしていた相原寿志が口を滑らし、脅されながらも案内役をしてしまったためだ。


「寿志くん、どこへ行こうと言うのじゃ。お主も共犯じゃ、見届けよ」

「あんた誰~? んー、あー、もしかして喫茶店そこのマスターってやつ~?」


 マスターと呼ばれる70歳くらいで髪は真っ白な爺さんが音もなく現れた。喫茶店へと戻ろうとする気弱そうな男、寿志を絶対に逃がさないという強い意思を感じさせる眼力で、扉を塞いで逃げ道を断った。


「なあ爺さん、なんで止めねーの。こういう時は『そ、その祠を壊してはならん! 祟りが―――』うんぬんかんぬん言うとこじゃねーの?」

「そうとも限らんよ。それはわしの仕事じゃないしのー。とりあえず壊してみてはどうかのう」

「へー、そうかよ。おい、蒲浦! 録画開始だ! 亜耶、俺のカッコイイ姿を見ててくれよな」

「……ウッス」

「見てる見てる~♪ ちゃんと見てるから派手にやっちゃってね♪」


 蒲浦がスマホのカメラ機能を使って録画を開始し、亜耶が煽り、翔庸が蒲浦に持たせた鞄からハンマーを取り出すように命令した。


「いつでも祠を壊せるように持ち歩いていてよかったぜ。ほら蒲浦、早くハンマーを寄こせ」

「……ウッス」

「きゃはは♪ カバちゃん、いっつもクソ重いハンマー持ち歩かされて災難だったわね~。それも、こうして生で祠壊しに立ち会えるんだから役得だったのかな?」

「…………ウッス」

「あんた、それしか言わないわね~。つまんない男」

「ッチ、おい亜耶、俺だけを見てろ」


 蒲浦からハンマーを奪い取る様にして手に持った翔庸はまるで憂さ晴らしするかのように祠へと悪い顔をして進み出る。


「それじゃあ祠をよぉ、―――派手に壊すぜっ!!!」

「きゃー! きゃー! きゃ~~~~♪♪♪」

「ウッス」


 テンションが上がっている三人とどうにでもなれという気持ちで見守る寿志、そして祠を壊されるのを止めないマスター。そして、振り上げられたハンマーが木祠にぶつかり木片を撒き散らした。


「なんじゃ、お主もきたんか」

「まあ役目だからな」

「え? ……誰? というよりなんか眩しい」


 はしゃいでいる三人をよそに、怪異は起こる。無精髭に長髪のおっさんがタバコを咥えてマスターと並んで立っていたのだ。扉も開けずにいつの間にかそこにいた男はマスターと顔見知りのようだが、寿志には冴えないおっさん風なのに後光が差し込む神々しい人に感じたようだ。


『―――おわりね。祠を壊していいのは、祠に壊される覚悟のある者だけよ』


 天界より見ている私の呟きは彼らには届かないだろう。けれど、あの寿志と呼ばれている子には惹かれるものがある。


『神威が見える子なんて珍しいけど、マスターが贄と決めたのならあの子もきっと……残念ね』


 祠の破壊活動は下界で続けられ、満足したころに無精髭のおっさんが彼らにあの台詞をかける。


「あー、あの祠壊しちゃったの? それじゃもうダメだね。君、たぶん死ぬより辛い目にあうよ」

「……おっさん誰だよ。てか、見ててその台詞はねーだろ」

「きゃはは♪ これまで何百、何千宇が壊されてきて、壊した人に何も起きなかったのを知らないの~?」

「それに亜耶の言うように、これまで祟りだのが実際に起きた話を聞いたことはないしな。なあ蒲浦、お前もそうだろ?」

「……ウッス」


 彼らの言うようにこれまでは何も起きなかった。なので〝だから何?〟と強気でいられるのだ。けれど、それはあくまで〝これまで〟の話で……。異変はすぐに訪れる。なにせ世界中の祠が破壊され、最期の一つがあの祠だったのだ。これまでとはわけが違った。


「ねえ、なんか体が動きづらいんだけ―――」

「は? って、亜耶! お前のから―――」

「ウッ―――」


 両足の間から禍々しい神威が渦巻いて一人、また一人とそれを封じるように祠が建てられるが如く肉体が祠へと変化していく。木祠になるか石祠になるか、その基準は不明だが男二人は石祠、女一人が石祠になっていくのを見ていた寿志は唖然としながら見ているようだった。


「ちょ、みんなが祠に!? に、にげな―――」


 三人の体は完全に祠へと変化していったころ、ようやく危機感を思い出した寿志も逃げようとするが、その行動が引き金になったように同じく足元から祠へと変化していき小さな祠が4宇出来上がった。


 この四人が最後の祠を壊したのと同時刻、日本を中心とした世界各地で新たな祠の出現が確認された。―――それは天罰であり、祠を壊した世界中の人々全てに等しく訪れた厄災だった。


「You've become a shrine.」

「Huh? Really?」

「Yes.Yes. ……Oh.Crazy.」

「Noooooooooo!?」


 中国、韓国などの東アジアから、アメリカやオランダといった欧米諸国までその現象は地球規模で発生し、中には宇宙船で祠になり、感染症を疑い発狂した乗組員によって宇宙に破棄された祠すらもあったという。


『これで祠の数は戻ったな』

『……前より増えてますけどね。おかえりなさい、マスター。それに主神様』

『こやつを主神と呼ばなくて良いぞ。これだけ祠が壊されるまで黙って見ておったのだからな。いたずらに被害者を増やしよって』

『あなただって逃げようとした若者も巻き込んでいたじゃないですか』


 まるで子供がイタズラしてその被害規模にちょっと驚いたため責任の押し付け合いをしているような、そんな軽いノリで話しているのが神という概念的存在の二人で、私は同じく天使と呼ばれる部下のようなものだった。


『しゃーないというやつじゃ。どのみちそうなる運命だった、それだけじゃしな』

『……ウッス』

『それは反則じゃろうwww』

『……ウッス』


 それにしても、それは反則です。私は必至で笑いを堪えてこの場で待機を続けます。神は全てを知っている……この方たちは私で遊んでいるのだ。


『あの、この呪いはいつ頃に効力を失うのでしょうか?」

『祠は祖先を祀ったり厄災を封じたり、遠方に住まう信仰する神への祈りを行う場所じゃ。役目を果たさぬままの時間経過では解けぬ』

『信仰が神を実体化させたのだから、その祠にお参りをする人が増えて信仰心が上がれば解ける。―――まあ、解けるような祠があるならそいつは神に等しいんだがな』

『……ほぼ可能性は0ですね。けれど、人間たちが絶滅してしまっては本末転倒なのでは?』

『『あっ……』』

『このおバ神!!!』


 神々は決断をすでに下していたのです。信仰を失った世界で再び力を取り戻すにはどうすればいいのか? それは恐怖を思い出させればいいだけだと。


【祠を壊した者には、その者自身を祠に変える呪いを】


 時効はなく遡及的に撒かれた呪いによって人類は祠に畏怖し、神の存在を思い出した。それから数千年が経ち、世界は増え続けた祠で溢れかえることになった。


 これは、そんな祠が壊された未來のお話だ。

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