他人事

ハープ

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「あ~、またあの子はやっちゃってるよ……」夜、自宅でSNSをチェックしていた私は思わず独り言を言ってしまった。友人が炎上していたのである。


 友人の名前は咲季(さき)。ハンドルネームはひらがなで『さき』。最も、彼女を友人だと思っているのは今では私の方だけだろう。咲季と私は中学時代のクラスメイトであり、当時は仲が良かったと思う。しかし別々の高校に進学してしまったため、最近は連絡が途絶えていた……というか、お互いの高校進学からしばらくして咲季は私のSNSアカウントをブロ解した。なので関わりがない。ないのだが、私は未練がましく『さき』のアカウントを時々覗いて勝手に一人で心配していた。我ながらお節介というかネトストじみていて嫌になる。

 

 ブロ解されたことに心当たりはない。勿論私が自覚していないだけで咲季に嫌なことを言ってしまっていたという可能性はある。あるが、どちらかというと彼女側の事情があるのだと私は思っていた。


 咲季には、突然人間関係をリセットしてしまう癖がある。それは私に対してだけではなくて、他の中学時代のクラスメイトやSNSの人たちについてもそうだった。特にSNSの人たちに対しては、簡単に関係性を切れるということから頻繁にブロックやブロ解を使っている。ブロックは元々ある機能だからそれを使うこと自体に問題はないのだが、咲季の場合は本人のインターネット上の言動全般が危なっかしいので私は密かに心配していた。


  そして、今回の炎上だ。今までもこういうことはあったものの、『さき』の炎上としては私が知る限り一番大きい。そのきっかけは、さきの一件の投稿だった。


 『大雨が降ると、自棄な気分になれるから嬉しい。みんな死んじゃえって思う。』


 因みにこの投稿をさきがした今は、大型台風が日本に迫っている。リプライには『前回の台風で亡くなった人にそれ言えますか?』、『自棄になるのも死ぬのも自分一人でやれよメンヘラ』等の言葉があった。言葉が強いものもあるが、概ねさきの投稿を不快に感じている人が多い。


 それらに対してさきは、『死にたくてしょうがない人にそれ言うんですね、あなたは偽善者だと思います。亡くなった人は何も考えたりしないのに、生きている私より大事なんですか?』、『はいはい一人で死ねばいいんだね、私が死んだらお前が責任取ってね〜。』などと攻撃的な言葉を返している。そのせいでより炎上が大きくなっているようだ。


「こんなに炎上して、咲季が特定されたりしないかな……」と再び私は、今度は不安を口にして自分が落ち着くために声に出して呟いた。


 さきは前からよく、自傷行為をした後の腕の写真をSNSにあげている。先程のリプライにあったメンヘラというのも、その人がさきの過去の投稿を見たうえで言っている悪口なのかもしれない。更にいうならば、さきのアカウントにはよく自撮りが載っている。マスクをしたり、スタンプで顔の一部を隠したりしている時もあるけれど、高校の制服を着ていたりと特定される材料は多いように思えた。


 私がさきのアカウントを遡って見ていると、子どもっぽいツインテールをした咲季の自撮りが出てきて、ますます不安になる。


 これは中学時代の咲季を見ていて思ったことだが、自撮りをSNSにあげる人の心理は、勿論危険性を分かっていなかったり軽い気持ち、内輪ノリで投稿してしまう人もいるだろうが特に咲季のような種類の危なっかしさを持っている人々の場合、「自分が危ない目に遭ってもいいや」という気持ちがあるような気がする。それこそ自棄な気分というか、自己肯定感が高いようでいて低いというか……。これは私の持論だ。


 でも、今ブロ解されている私が咲季にできることはなさそうだった。今更リプライを送ろうがLINEを送ろうが気味が悪いだけだろう。


 もう時間も遅い。続きは明日考えよう。私はそう決めるとさっさと寝ることにした。そうして熟睡できるほどにはさきの炎上は私にとって、なんだかんだいって他人事だった。


 朝、私は風と雨の音で目覚めた。台風がやってきたのだ。台風の状況をチェックしつつさきのアカウントを見ると、リストカットの写真とともに、『生きている人より死んでいる人の方が大事なら、死んでいる人になろうかな』という文章が投稿されていた。リプライには今更さきを心配している人もいたけれど、大半が『じゃあ死ねば?』、『かまちょ』といった揶揄だった。


 いつものことだ、と私は思った。リスカ痕の写真も、意味深な投稿もさきにはよくあることだった。だから私は、気になりつつも距離を取ってその言葉を眺めていた。


 それから、さきのアカウントに何かが投稿されることは二度となかった。もし本当に咲季が死んでしまっていたら私にも咲季の保護者なり中学校なりから連絡がくるはずだから、生きてはいるんだろう。でも例えば自殺が失敗に終わって入院しているとか、単にアカウントを変えたとか、色んな可能性を考えた。考えるだけだ。私にそれ以上の具体的な行動を起こす気持ちはない。


 だって、私にとってはもう、咲季もさきもインターネットを通して遠くから見るだけの存在だからだ。


 他人事、というやつだった。

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