第19話
俺の基地での日々は、冷徹な科学者の目にさらされ続けていた。
徹底的な検査が続く中、俺は次第に感じていた。これはただの健康診断じゃない。奴らは、俺の『人間性』を疑っている。
最初に行われたのは、採血検査だった。高密度ナノ注射システムによる採血は一瞬で終わる。通常の針ではなく、髪の毛よりも細いナノチューブが皮膚を通り抜け、血液を採取していった。
「血液採取完了。分析を開始します」
すぐにAIが血液成分の解析を始め、大型モニターにデータが次々と表示される。しかし、解析結果を見た研究者たちは沈黙し、顔を見合わせた。
「この赤血球の酸素運搬効率……通常の人間の5倍以上だ」
「白血球の反応速度が異常だ。これなら重傷を負っても数分で回復するだろう」
さらに、血液中のナノサイズの構造物が検出された。
「これは、人間の体内に存在するはずのない構造だ。自己再生を支える未知の物質かもしれない」
俺の血液は、すでに「人間」の基準を逸脱していた。
次は最新の全身スキャンポッドに入ることになった。透明なポッド内で、超高密度レーザーが体内を分子レベルで走査していく。スキャン終了後、俺の体の詳細なホログラムがディスプレイに映し出された。
「筋繊維の密度が……これ、まるで高強度の複合材みたいだ」
「骨の構造が通常のカルシウムベースではない。分子構造が強化されている……いや、これでは鋼鉄並みの強度だ」
さらに、心臓の動きがクローズアップされた。ホログラム上で鼓動する俺の心臓の収縮力が計測されるたび、データが信じられない数値を示した。
「心拍数が限界状態でも全くブレがない。人間の心臓では考えられない」
さらに、仮想現実(VR)環境下での耐久テストが始まった。特別設計されたポッド内で、俺は高温、低温、強重力などの極限環境に順応できるかを試された。
まずは50℃を超える熱環境。
「皮膚表面の温度が異常に低下している……どうやら熱エネルギーを瞬時に分散させているらしい」
次に、零下-30℃の冷凍空間に放り込まれたが、俺の身体は一切震えることなく、通常の体温を保っていた。
「この耐寒性能、もはや生物としての限界を超えている」
筋力測定では、宇宙船のエンジン試験で使われる油圧装置が用意された。しかし、それすらも俺の力には耐えきれなかった。
「機械が……壊れた?負荷が限界を超えたってことか?」
「全負荷を超えるトルクを人間が出せるわけがない。これ、記録のエラーじゃないのか?」
研究者たちは急いで装置を再調整し、何度も計測を繰り返したが結果は同じだった。
肉体だけではなく、精神面のテストも行われた。完全暗闇の中で24時間過ごす耐久実験では、俺の脳波が一切乱れることなく記録された。
「人間なら孤独や恐怖でパニックに陥るはずなのに、彼の脳波はむしろ安定している……」
「もしかして、恐怖を感じる回路そのものが変化しているのか?」
これらの結果を通じて、研究者たちの態度は変化していった。最初は単なる興味だったものが、次第に驚き、そして恐れに変わっていく。
「もし彼がこの力を制御できなかったら?基地全体が危険にさらされるかもしれない」
「だが、この力を利用できれば、人類の未来を変える可能性がある」
俺はこの議論を冷めた目で聞いていた。彼らの視線には、俺を「人間」ではなく、「未知の存在」として見る冷たさがあったからだ。
検査を通じて、自分がどれだけ「普通」から外れているかを突きつけられた俺は、この力が祝福なのか呪いなのか、その答えを探す日々を過ごしていた。
「俺の力は、過酷な環境で生きる為だけに得ただけだが、一体何のためにあるんだ?」
基地の片隅で、俺は静かに日本の空を想いながら呟いた。
基地の無機質な空間で過ごす日々は、だんだんと苦痛になってきた。検査のたびに俺の体が異常だと指摘される中で、唯一、心の拠り所となったのは、軍人のケンだった。
ケンと初めて出会ったのは、食堂だった。無味乾燥な補助食品を食べていた俺に、彼は無邪気に声をかけてきた。
「君もこれか? すっげぇ味しないよな、これ」
その一言が、俺の心にわずかな温もりをもたらした。基地の中では、みんなが無表情で、誰も感情を見せない。それに慣れていたから、ケンのように自然体で接してくれる人物は新鮮だった。
「全然味しない。栄養補助食品、って言うけど、こんなんで満たされるわけないよな」
俺が無愛想に答えると、ケンは笑って「だろ?」と応じた。そこから、少しずつ会話を交わすようになった。
ケンは基地内での任務を終えた後、たまに俺と食事をともにするようになった。彼は基本的に明るくて、話していると気が楽になる。時には、彼が俺に戦闘訓練を教えてくれることもあった。
「お前、異常な身体能力を持ってるみたいだけど、こういう訓練をしておけば、より活かせるだろう」
ケンはそう言って、重力室での簡単なトレーニングを提案してきた。俺は、彼が自分の力をどう使うべきか、少しでも理解したかったから、その提案を受け入れた。
訓練の合間、ケンは時々真剣な顔をして言った。
「でもな、どんなに強くても、一人じゃ意味がないんだ」
その言葉が、俺の心に刺さった。孤独だった俺が、少しずつケンを信頼するようになっていたのは、間違いなくこの言葉があったからだ。
ある日の昼過ぎ、訓練が終わった後、ケンが食堂に現れた。彼はいつものように、俺を見つけると、明るい声で声をかけてきた。
「やっと昼休みだな! あ、今日の食事は少しマシだぞ」
ケンはそれだけで、少し食欲が湧いてきたように思わせてくれる存在だった。今日もまた、ケンと一緒に食事を取ることになった。
「なぁ、ケン。俺は本当に日本に帰ることが出来ると思うか?」
突然、そんな質問をしてみた。ケンは一瞬考え込み、その後、少し笑って言った。
「もちろんだよ。俺はこの国に長くいるけど、意見を聞いてもらえない非人道的な国家じゃないぜ」
ケンはそう言うと、少し目を逸らしながらも続けた。
「まぁレンはかなり特殊だから、そう簡単には出られないだろうな。それでもその内に帰れるだろ。レンが日本に帰ったら俺から会いにいくぜ。その時は日本を案内してくれよな」
ケンは、俺が日本に帰ったら会いに来てくれるという。その場で思いついたかもしれないが、そんな気遣いが今の俺は嬉しい。
ある晩、訓練後に疲れ切って帰った俺が部屋に入ると、突然ケンが扉をノックした。
「お前、今日疲れてるだろ? ちょっと話したいんだ」
その言葉に、俺は少し驚きながらもケンを部屋に迎え入れた。ケンは、ポケットから缶コーヒーを取り出し、差し出してきた。
「まあ、たまにはこうして気を抜いて話すのもいいだろ」
ケンはそう言って、自分の缶を開ける。俺もそれに従って開けた缶コーヒーを口にした。
「俺の予感だと、レンはもうすぐ故郷に帰れると思うぜ。そうなると俺も日本に行くのが楽しみだ」
ケンは何気なく呟いたが、その言葉には、俺を元気付けようとしているのがよくわかる。
その数週間後、ケンは急な任務で基地を離れることになった。
「まあ、すぐに戻るが、俺が帰って来た頃にはレンは日本に帰ってるかもな」
ケンは笑いながら言ったが、その顔に少しの不安も見え隠れしていた。
「最後にもう一度約束だ。次に会う時は日本で、だ! 俺が日本に行ったら楽しいところに連れていってくれよな」
その言葉を胸に、ケンは任務へと向かっていった。俺はまた一人、基地内で孤独な日々を過ごすことになった。
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