第17話
部屋に案内されて少し落ち着いたところで、扉がノックされた。俺は不安そうにその方向を見つめると、扉が静かに開き、そこに現れたのは予想外にも日本人の男女だった。
まず目に飛び込んできたのは、スーツをきっちりと着こなした20代に見える女性だった。身長は高く、肩までの黒髪が洗練された印象を与える。顔立ちは整っており、眉毛がシャープで目元が印象的だ。彼女の姿勢は完璧で、まるでキャリアウーマンそのもの。淡い色のジャケットとスカート、そして手に持っているクラッチバッグが、彼女の清楚でありながら強い意志を感じさせる。身のこなしからも、経験豊富で自信に満ちた人物だと感じられる。彼女が一歩足を踏み入れるたびに、その存在感が部屋の空気を変えた。
その横に立っている男性二人も、どこか異質な雰囲気を放っていた。
一人は、年齢は30代後半ほどで、短く刈り込まれた黒髪が整っている。スーツはきちんと着こなしているものの、少し堅苦しさが感じられ、表情も無駄な動きが少なく、淡々としている。彼の目は鋭く、細部まで観察しているようで、どこか冷徹な印象を与える。肩のラインや立ち姿からも、規律を重んじる堅物のように感じるが、視線の奥には不安を感じさせるようなものはなかった。
もう一人は、少し年配の男性で、年齢的には40代半ばほどだろう。彼も無駄のない動きで、スーツの着こなしに違和感はないが、彼の姿勢は少し前傾しており、慎重な印象を与える。目つきは優しさが見えるものの、やはり職業柄なのか、周囲に気を配りつつも警戒心を隠さず持っているようだ。髪は少し灰色が混じり、年齢を感じさせるが、落ち着き払った印象を与える人物だ。
その三人が、部屋に足を踏み入れてきた。彼らは静かに互いに目を合わせ、一瞬の間に意思疎通をしているようだった。女性が一歩前に出て、静かに口を開く。
「レン・星波さんですね」彼女の声は冷静でありながら、どこか優しさが含まれている。その声で俺の名前を呼ばれた瞬間、俺は彼女がただ単に帰国の説明に来た訳ではないことを感じ取った。彼女の背後に立っていた二人の男性も、無言で彼女の指示を待っているようだった。
女性は一度目を細め、まず名刺を俺に渡し、話を続けた。
この女性の名前は
彼女の役職であるダンジョン戦略担当官は、日米協定で定められたダンジョン探索やその関連技術、調査に関する政策の立案や調整を担当するポジションで、国の安全保障や研究開発において重要な役割を担っているとのこと。
その高城と名乗る女性が「私たちの役目は、あなたが今後どう扱われるかについての説明をすることです。私たちのチームは、あなたのアメリカからの引き渡しを担当しています」と告げた。
その言葉に、俺は日本に帰れないのかといった不安を感じた。引き渡しとは、つまりどこに、何のために送られるのか。だがその時、堅物な男性の一人が口を開いた。
「我々が知っている範囲では、あなたが日本で拉致被害者として扱われていることは確認済みだ。しかし、あなたの事については、今後の対応がいくつかの要因で変わる可能性がある」彼の言葉は簡潔であり、感情を込めることなく淡々と伝えている。
そして、高城美咲が続けて説明した。
「今後の選択肢については、あなたが日本に帰還するのか、またはアメリカで何か特別な任務に関わるのか、慎重に検討する必要があります。あなたが何を選択するかは、最終的にはあなた自身に委ねられますが、その決断には多くの要素が絡みます」
選択肢を与えている様だが、まるでアメリカに引き留めたいとの言い方に聞こえる。
彼女の言葉には、どこか冷徹さがあり、単なる日本に引き渡して終わりの簡単では無い何か大きな選択が迫られていることが伝わってきた。背後の二人は黙ったままで、高城美咲の説明に従っている様子だ。
「もちろん、あなたが選んだ道によっては、さらなる支援や協力が得られる可能性もあるわ」彼女は少し口調が和らいだが、静かな表情を保ったまま続ける。「ただし、その際にはおそらく、アメリカ政府との密接な連携が必要になります」
その後、堅物の男性が補足するように話した。「あなたの状況が日本でどれほど注目されているか、理解しているだろうか。特に、ダンジョンに関する知識とその扱いについて、関係者の間で関心が集まっている」
その男性の言葉に、俺は反射的に身を強張らせた。ダンジョン、という言葉が出ると、どうしても警戒心が高まる。それは俺がこれまで生きてきた中で避けて通れなかった、無視できない事実だからだ。
「ダンジョンに関する知識?」俺は思わず声を上げた。彼らが何を意図しているのか、今ひとつピンとこなかったからだ。
彼女はゆっくりと頷き、少し間を置いてから口を開いた。「そう、あなたが経験したこと、そしてダンジョンに関する情報には、政府や企業、軍の間で非常に重要な関心が寄せられているわ」彼女は俺の反応を見ながら言葉を続ける。「特に、ダンジョン内での生存技術や特殊な能力に関する知識は、今後の政策や研究に大きな影響を与える可能性があるの」
その言葉を聞いて、俺は胸の奥で冷たいものが広がっていくのを感じた。日本であれ、アメリカであれ、ダンジョンに関わることで俺がどれだけ価値を持つのか、それがどれだけ危険な状況を意味するのか、今の俺にはよく理解できていた。
堅物の男性が再び口を開く。「だが、君がここにいる理由は、ただ単にダンジョンに関わったからではない。君が生き延びてきたその事実、その力の背景に何があるのか、それがさらに重要だ」
その言葉に、俺は一瞬言葉を失った。生き延びる力、とは一体何を指しているのか。その力がどれほど重い意味を持っているのか、実際にはどんな力があるのか、俺自身もよくわかっていない。しかし、言葉の裏に隠された彼らの本当の意図が徐々に見えてきたような気がした。
「君には、選択肢が与えられるわ」高城が冷静に言った。「だがその選択が、君にとっても我々にとっても、重要な意味を持つことは間違いないの」
男性二人は言葉を続けることなく、無言でその場に立ち尽くしている。高城は一度息を吸い、俺に視線を向けると、少しだけ表情を和らげて言った。「これから、君が何を決めるのか、その決断を待っているわ。どんな選択をするにしても、私たちが支援することはできるのよ」
「支援?」俺は少し驚いたようにその言葉を繰り返した。
高城は軽く頷きながら続ける。「ええ、もし君がアメリカ側に協力をする選択を選ぶのであれば、十分すぎる程の生活環境は保障しましょう。そして、君の持っている能力を解析しこの世界にどう役立つかを共に見つけていけるわ」その言葉に、俺は少しだけ心を動かされた。しかし、すぐにその気持ちを押し込める。
「それは俺が決めれるのか?」俺は冷静を装いながら言ったが、心の中では計り知れない重圧がのしかかってきていた。
女性は微笑みを浮かべ、静かな声で言った。「君の未来を決めるのは、君自身だわ」その言葉には、どこか強い意志と確信が感じられた。
その瞬間、部屋の空気が一層重く感じられ、俺は次に何をすべきか、どんな選択をするべきかを考え始めていた。アメリカに協力するか、それとも日本に帰るか。そのどちらも簡単には選べない。けれど、どちらを選びにしても、平凡とは程遠い未来が待っているのは確かだった。
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