第15話


――30階層。


ここに辿り着くまで、本当に長い道のりだった。時間の概念など既に失われ、少年と呼べる自分はもうどこにもいないように思える。


今、俺は30階層に到達した。


そこは荒れ果てた大地。枯れ果てた草木が風にさらされ、砂と岩だけが延々と地平線まで続いている。

だが、今までとは明らかに様子が違っていた。


まず、視界の先に点在するゲートの数々。今までは一つしか存在しなかったはずのゲートが、ここには無数に散らばっているのだ。近くにあるものもあれば、遥か遠くに小さく見えるものもある。規則性は無くバラバラに配置されているが、どれも同じ形状と色をしている。


そして、もう一つの問題。それは、視界のあちこちで蠢く巨大な生物たち――恐竜だ。どう見ても古生物そのものが、この荒野を悠々と徘徊している。


さすがに、裸一つではどうしようもない。


これまで鍛え抜いた体と授かった能力を駆使すれば、下層に戻って脱出もできるだろう。そう思い、この階層を諦めて引き返す決意を固めた瞬間、遠くを見渡せる目が何かを捉えた。


発光している。


遠目でも眩しいと感じるほどの強い光。自然のものではない、明らかに人工的な光だ。その方向に視線を集中させてみると、信じがたい光景が見えた。


今まで見た最大の生物は3メートルはあるホッキョクグマだったが、その3倍はありそうな巨大な恐竜を取り囲む形で、足元に小さな影が群がり、何かを撃ち込んでいる。


あれは間違いなく、人間だ。


久々に見る人間の姿に一瞬興奮が湧く。しかし、すぐに冷静さが戻る。


なぜ人間がここにいるのか?

もしかして、やつらが俺よりも先にこの場所に到達していたのか?――頭をよぎるのは不安ばかりだ。


得体の知れない不安が胸の奥に根を張り、じわじわと俺を蝕み始める。


ここであいつらが何者なのか、確認せずに進むわけにはいかない。もしあの連中が、俺と同じように力を手にしているとすれば、下層からの脱出も、あいつらに見つかった時点で詰んでしまう。


俺は集中力を高め、気配を最大限に消し、物音一つ立てないように慎重かつ素早く移動を始めた。これまでの階層なら、ある程度道筋も見え、気づかれずに進むことも可能だったが、ここは未知の30階層。どれほど気配を消しても、いつ発見されるかはわからない。


恐竜の間を縫うように進み、岩や遮蔽物に身を隠しながら、少しずつ様子をうかがう。


やがて、あいつらの全貌がはっきりと見えてきた。

服装からして、軍隊か何かの部隊のようだ。周囲にはドローンが飛び交い、地面には兵器と思しき戦闘マシーンがいくつも配置されている。生身の人間だけでも、ざっと20人はいるようだ。その後方には大型ライフルを構えた援護部隊らしき影も確認できる。


さすがに30階層まで乗り物は持ち込んでいないようだ。ここまでの道には狭い遺跡や水中エリアもあったから、どんな兵器でも通るわけにはいかない。

それにしても凄まじい。俺が見ている短い間に、恐竜が成すすべもなく銃弾の嵐に晒され、蜂の巣のように穴だらけになって倒れ伏した。


見たところ、奴らが“あの連中”ではないようだ。となれば、この点在するゲートは別の場所と繋がっているのかもしれない。もしそうなら、わざわざ危険を冒すこともなく、他のゲートから脱出する手もあるのでは――そう考えたその時、ドローンの一機がこちらを向いていることに気づいた。だが、距離もあり、気配も消している。見つかるわけがない、と一瞬、油断してしまった。


次の瞬間、遠距離ライフルが一斉にこちらへ向きを変えたのを見て、冷や汗が流れる。どう動けばいいのか見当もつかないまま硬直していると、ドローンの一機が高速でこちらへ向かってきた。


Who are you?お前は何者だ」――スピーカーから英語で問いかけが響いた。逃げるのは難しそうだ、と悟り、俺はそのドローンに向けて「日本人のレン、星波だ」と簡潔に名乗った。


数秒の沈黙の後、ドローンから流暢な日本語で返事が返ってきた。


「今からそちらに向かう。決して動くなよ。動けば撃つぞ」との言葉に「わかった」と返事をしつつも、俺は目で逃走ルートを確認し、頭の中で逃走シミュレーションを組み立てていた。もう二度と捕まって奴隷のような生活に戻るつもりはない。捕まるくらいなら、一か八かで逃げるか、死ぬ気で戦う方がマシだと決意を固めた。


部隊が俺に接近し、リーダー格の兵士が警戒を崩さずに尋ねてきた。「君は一人で、この階層まで来たのか?」と翻訳デバイスを起動させ質問されたので、そんなもの無い俺は頷く。


しかし、他の兵士達の目線が痛い。何せ俺は裸だからな。羞恥心なんて今更どうでもいいが、マジマジと俺を見ている兵士達は、服装も武器もない姿に驚愕の表情を見せていた。


彼らは見た感じ膨大な物資や最新鋭の兵器を投入している。まさか一人で、しかも裸で武器なしでここに辿り着く人間がいるとは想像もしていなかったのだろう。


リーダーの兵士が冷静な口調で次に、「君は何者なんだ?なぜここにいる?」と問いかけてくる。俺は一瞬ためらいながらも、「奴隷だった」と短く答えた。


奴隷と聞き同情を含む険しい表情を見せていたので、同じ境遇にはならないと確信し、話を続ける事にした。


長い年月、どこか国の塔に囚われ、強制労働を強いられていたが、なんとか逃げ出してこの階層まで来たことを話す。


兵士たちはしばし黙り込み、俺の言葉の重みを感じ取ったようだ。


兵士たちは話を聞いてしばし沈黙し、顔を見合わせていたが、やがてリーダーが「君の状況は理解した」と言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。「まずは、君を安全に保つことが優先だ。基地に連れて行こう」


リーダーは続けて、「ここは予測できない危険が多すぎる。君も疲労しているだろう。キャンプで状況を整理してから、これからのことを考えよう」と告げ、兵士たちに指示を出して周囲を警戒させた。


俺は一瞬逃げるべきか考えたが、ここは一度、安全を確保できる場所に向かうのが賢明だと判断した。


リーダーの指示に従い、兵士たちは俺を護衛する形で進み始めた。上空をドローンが巡回し、部隊は整然とした隊列を組みながら進んでいく。道中、兵士たちは俺を注意深く見守っており、リーダーも何度か振り返って俺の様子を確認していた。


そんな俺も警戒心を完全には解かず、何かあればすぐに逃げるつもりでいたが、少しずつ彼らに対する疑念が和らいでいるのを感じていた。


やがて多数あるゲートの一つを囲む形でキャンプ地が見えてきた。


そこにはテントが並び、資材や食料、最新鋭の兵器が整然と置かれている。俺にとって、それは異世界に足を踏み入れたような光景だった。今まで自分が過ごしていた過酷な環境と、彼らの備えた装備とを目の当たりにし、その物資の豊富さと圧倒的な力に驚かされた。


キャンプに到着すると、リーダーは俺に簡単な食事と水を用意させた。「まずはこれを口にして、しばらく休むといい。君がどのようにここまで来たのか、そしてどうやって生き延びてきたのか、後で詳しく聞きたい」とリーダーは告げ、兵士たちに簡易な医療チェックを指示した。


久々のまともな食事を取り泣きながらに夢中で口の中へと入れ込んだ。


少し落ち着くと、ここの兵士達が俺を敵視していないことを確信し始めていた。元軍人で優しく接してくれたヨハンのこともあり、もう流石にここまでしてくれたアメリカ軍の人達を疑う気にもなれなかった。


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